第19回 鮭まつり 福興市

 更新日:2012年11月01日(木)

毎回、南三陸で採れる旬な食材や季節の花をメインテーマにし、趣向を凝らしたイベントで会場を盛り上げている福興市。
10月28日(日)。
ベイサイドアリーナで行われた今月の福興市は”鮭まつり”と題され、
今、南三陸で最も旬な海の幸である、鮭をつかった逸品がテントの店先に並びました。
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鮭汁にはらこ飯、一風変わった鮭&いくらクレープ。
鮭まるごと一本を釣り上げるメインイベント、”さけ釣り大会”のテント前には、「コレやりたいー!」ってお母さんの手を引っ張る子どもの姿も。
「ソーレ!ソーレ!」
周囲の大人たちの声援を一身に受けて、小さな身体をいっぱいに使って糸を引き、釣り上げています。
釣り上げた鮭は、自分の背丈の半分ほどにもなる大きさ。
嬉しそうに、そしてちょっと得意そうな少年の表情を見た大人も、顔をほころばせます。
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「いらっしゃいませー! そこのお姉さん、これ味見して! 美味しいよー!!」
お店の方たちの中でも、特に威勢の良い声をあげていたのは、企業のロゴが刻まれたビブス(ゼッケンのようなもの)を着た人たちでした。
このビブスが示すのは、ボランティアであるという証明。
よく見ると、人それぞれ異なるビブスを着用しています。
福興市は様々な企業・団体・地域の人たちが、地元の商店の方たちと一緒になってこのお祭りを支えていました。
「いらっしゃい」って一生懸命呼びかけて、
買ってくれたお客さまに、さらに心のこもった「ありがとう」を伝えている。
その光景に、”絆”のカタチを見た気がしました。
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毎月、月末の日曜日に開かれる福興市は、今月で19回目を数えました。
ふと、思いました。
第1回目の福興市って、どんな様子だったんだろう――。
聞けば、第1回目の福興市は、震災から1ヶ月半後の2011年4月に開催されたそうです。
場所は、高台にある志津川中学校。
迷彩服を着た自衛隊もいた。ビブスを着たボランティアもいた。みんなを勇気づけたいと、多くの著名人が駆けつけた。
日本全国みんなで一緒に踏み出した、復興への第一歩だったそうです。
そしてその日、その場所では、大人も子どもも、みんな涙を流したそうです。
辺りは、家、車、船など、まだまだ大きな瓦礫が散乱していたそうです。
住まいがばらばらになってしまった地元の方が集まったことで、互いの無事を確認してよろこび合い、そしてまた、涙する姿がたくさんあったそうです。
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(2011年4月第1回福興市の様子)
 
 
1年半の年月を経て、迎えた19回目の福興市。
お天気は、あいにくの雨でした。時おり、強い風も吹きました。
でも、お店の人も、お客さまも、
「あー、雨、降ってきちゃった」って空を見上げながら、晴れみたいな笑顔を浮かべてました。
雨ニモマケズ 
風ニモマケズ
まるで宮沢賢治の、あの有名な詩のような光景だなって、 
ボランティアに来たわたしの方が勇気づけられたような気持ちになりました。
福興市。 
この文字から、このお祭りの名称を”復興”の”復”ではなく、”幸福”の”福”とした人たちの、切なる願いが伝わってきます。
第1回目に流されたたくさんの涙は、今、笑顔に変わろうとしている。 
立ち上げの際に込められた幸福への願いが、だんだんと現実になろうとしているのかもしれない。
19回目の福興市に居合わすことが出来たわたしは、そう感じました。
でもそれはたぶん、気の早いこと。
だって、街にはまだまだ瓦礫が残っているから。大型トラックが行き交う音や、重機の音が、今日も響き渡っているから。 
福興市に足を運ぶことができない、南三陸に帰ることが出来ない方々が、きっとまだまだいらっしゃると思うから――。
一日でも早く、この街に幸せが戻ってきてほしい。 
わたしは今回の福興市を最後にボランティア活動を終えますが、
1ヶ月滞在させていただいたなかで、震災の爪痕を目の当たりにしながらも、南三陸の美しさを知ることができたのがうれしかった。
水色に光る海。紅葉に輝く山。街をオレンジ色に染める夕日。宇宙を感じることができるくらいの満点の星空。
東北って、ほんとに美しいんだよ。 
みんな、すごくがんばっていたよ。
自信をもって、伝えよう。
 
そしてわたしもまた、いつかここに戻った時、ここで見聞きしたこと、そしてどのように街が復興していったのかを、教えてあげよう。
訪れるタイミングは、月末の日曜日にして。
ランド
 
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