ボランティア活動への思い

 更新日:2012年01月18日(水)

こんにちは。ユナイテッドアースの活動に2度に渡って参加させていただいたタイクンです。
 
まず僕がボランティアに参加した経緯から簡単に話させていただきたいと思います。
僕は現在、大学生ですが、以前自衛隊で訓練を受けていた事があり、予備自衛官です。
案の定、3.11の後には自衛隊から「救援活動に参加可能か」という電話が興奮ぎみにかかってきました。動揺しつつも参加表明をしたのですが、結局のところ招集される事はありませんでした。3、4、5月は自衛隊に入った仲間たちが被災地でがんばっているなか、何もできない自分にものすごい憤りを感じていました。
そして6月に学生団体を通じて宮城県の唐桑地区の瓦礫撤去に参加しました。我ながら土嚢の運搬は頑張ったと思います。反面、その2日間ボランティアに参加したことで、自分のなかの被災地に対する想いは急激に薄まっていきました。日々の雑務で手一杯だったことと、責務は果たしたという自負が生まれたのだと思います。
次に、大学のゼミの合宿で被災地を訪れました。数名の方から色々な話を聞き、いまだ建物の上に車が乗っている被災地の異常な光景を改めて自分の目でみたことで”東日本大震災は終わっていない”という風に感じました。
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そしてユナイテッドアースに申し込み、漁協支援を中心に活動させていただきました。
 
これは個人的な解釈ですが、現地の方の多くがおっしゃられる「忘れないでほしい」という言葉はただ”記憶の片隅においておく”、ということではなく、”ともに立ち上がり一緒に復興して欲しい”という意味であり、遠慮がちな東北の方々のSOSであるという風に感じます。なぜなら、漁港が復活しても工場が復活しなければ漁業自体が復活する事ができず、それを彼らだけでやるということは不可能であるからです。
僕がボランティアでできたことはほんのごくわずかです。むしろ、ボランティアに行くよりも、バイトして南三陸の魚を買った方が彼らのためになるんじゃないかと思う事もあります。
 
ただ、福興市で地元の方々と協力しながらたくさんのテントをたてたこと、朝早くレインボーフラッグを会場に設置したこと、地元商店の売り子としてお手伝いをできたこと、朝6時の漁港の圧倒的な寒さ、タコのぬるっとした感触、南三陸町に建った6mのクリスマスツリー…僕は忘れません。
 
南三陸町では同年代のボランティア仲間が中心となって今も頑張っています。
どのような形になるかはわかりませんが、今後も僕は南三陸の事を忘れずに、復興のお手伝いをしていきたいです。
 
 
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