南三陸町で活動から戻ってきたスタッフによる現地報告

 更新日:2011年04月13日(水)

こんにちは!
今日は先週に現地の南三陸町にて、
ユナイテッドアースボランティアとして活動してくれたゆっこからの報告です。
ゆっこは今大学生ですが、
何か役に立ちたい、自分にできることをがんばりたい、
この眼で見たことをみんなに届けていきたい、
そんな強い想いと決意を持って現地にいってきました。
ぜひ読んでくださいね!
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4月6日~4月8日まで南三陸町に行きました。
関西から夜光バスで現地に向かったのですが、
南三陸町に入るまではいつもとあんまり変わらない風景でした。
でも、ある場所を過ぎると
突然景色ががらっと変わりました。
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ホントにここは日本かな?
そんな風に思うほど町が丸ごとなくなっていました。
1日目は志津川中学校に行って
お好み焼きとたこ焼きの炊き出しをしました。
「お好み焼き食べんの夢やったから夢が叶ったー」
って笑って言ってくれる
おばあちゃんがいました。
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中学校から町を写した風景
道路と電信柱は震災後に一生懸命復旧させてようやく開通できているようです。
その後、志津川小学校に行きました。
しばらく、小学校に避難してる子供達とか地元の人と話をしました。
「ここにいる人はみんな、家族や親戚を亡くしてる。でも元気やろー」
って笑っていうおばさんがいました。
トイレどーなってんやろ~?って思って見てたら
5、6歳ぐらいの女の子が
「入ってもいいんだよー」って笑顔で来ました。
しばらく話してたら 突然跳びついてきて
びっくりして その子と顔見合わせたら満面の笑顔で笑ってました。
思ってた以上にみんな元気に振舞ってました。
でもみんな、人のぬくもりを求めているような気がしました。
2日目ー
南三陸町の避難所の中心部である
ベイサイドアリーナ
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ここには全国各地から大量の物資が届いたり
自衛隊がお風呂作ってたり
災害ボランティア本部
警察署
(安否確認、身元不明者、遺体引き渡し、合同埋葬)
役場
(被災届け、仮設住宅、住民票)
医療施設
各避難所に物資とか医務室はあるのですが、
そんな中でもアリーナは今の南三陸町一番充実してる場所でした。
私はそのアリーナで総合受付を任せてもらいました。
ここには色んな方が大勢来られます。
「人を探してるんです。」
「水がないから、もらえるかわかんないけどとりあえず来てみました。」
「遺体確認したいんです。」
「靴がほしい。着替えがないからほしい」
「子供のミルクがほしい。」
「薬がなくて困ってる。」
「妻を探しに行きたいから食料がほしい。」
「家がなくて車で寝てる。アリーナに入れないですか?」
「仮説住宅の申請できる?」
「被災届けどーしたらいい?」
「家に物資が届かないから、川の水を飲んでた。水がほしい。」
「子供が4人いるけど、家がない。」
「仙台までどうやって行けばいい?」
「七十七銀行今使えない?」
「アリーナに家族がいた!!」って嬉しそうに走って行った親子。
洋服を渡したら、ありがとーって笑ったおじいちゃん。
炊き出しを待ってる子供達。
2日目に一生懸命メモとって、
周りの人からいろいろ聞いた甲斐もあって
3日目はある程度はひとりで対応できるようにもなりました。
ここで一番大切だなぁと思ったことは
南三陸が大好きやーって思うことと
誰かの指示を待ってるだけじゃだめ!!とにかく自分から動くこと!!
それぐらいの覚悟がないと地元の人との人間関係ができないと思いました。
帰りに「もう帰るの~?連絡先教えて」って言われたけど
「また来るよ!」って言ったら
「じゃぁそのときまで連絡先は聞かないでおくー」って
ほんとみんな暖かくて待ってるよーって言われて
最初人間関係作るのとボランティアとして認められるまでは大変でしたが
南三陸町はとにかく暖かくて伝えきれないほどたくさんの心と思いがありました。
とにかくみんな一生懸命復興にむけて動いています。