仮設住宅での出会い

 更新日:2012年11月20日(火)

みなさん、こんにちは!
雇用創出チームに所属している山内です。
この間、町内で求人チラシのポスティングをした時のことを書かせて頂きます。
今回、入谷、戸倉、横山という地区にポスティングを行いました。
最初に向かったのが入谷地区の仮設住宅でした。
本当であれば外に出ている人に声掛けしながらやりたかったのですが、
その日は雨が降っていて誰も外には出ていませんでした・・・・・・・・残念(/_;)
でも反響があるように願いながらポスティングをやりました!

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入谷地区
次の日は1人→3人に人員を増やして横山地区の仮設住宅、戸倉地区の仮設住宅の
ポスティングをしました。
私は神割崎→津の宮→自然の家の順番でまわりました。

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最初に行ったのが神割崎。そこで目に入ったのが、錆びついた鉄製の2段式階段でした。
私はその錆びを見た時、自然と頭をよぎった言葉があります。
「風化」
時間が経てば経つほどこの言葉が大きくなってきます。
その光景を見た後はチラシを一枚入れるたびにポストにつく小さな錆びが気になりました。
「何かできることはないのだろうか。」

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そんなことを考えながら久しぶりに行った戸倉の自然の家仮設住宅。
そこで窓を開けて布団を干している一人のおばあちゃんがいました。
私は「こんにちは!だんだん寒くなってきたね。」と声をかけました。
すぐにおばあちゃんから「こんにちは。何してるの?」
私は求人の案内を簡単に説明しました。
すぐにどのようなことをしているのか、おばあちゃんの中で認識が難しかったのか
震災時の話に切り替わりました。
そのおばあちゃんは津の宮に住み、震災前は牡蠣剥きの仕事をしていた方でした。
震災当日、いつものように仕事をしていて午後に病院のため早退して家にいたそうです。
「お昼を食べて、2時間休んだら病院に行こう」おばあちゃんはそう考え、15時に病院に
向かうときに被災したそうです。
私は思います。
一瞬の判断が生死を分け、そして今ここで話すことができているのだと。

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話は10分程。
そろそろ戻らなくては。
おばあちゃんに「そろそろ行くね。身体大事にしてね。」
何気ない帰り際の一言だった。
次の瞬間おばあちゃんは一滴の涙を流した。
そして私に。
「こんなに話を聞いてくれて最後まで心配してくれてありがとう」
決して悲しいとか、辛いとかそんな感情から出した涙ではなかった。
言葉を交わして涙した姿を見たのは久しぶりだった。
私はそっとおばあちゃんの肩に手をのせ、「また来るからね。」
その言葉が今言わなければならない言葉だと思いました。
おばあちゃんと別れた後、残りの分のポスティングを開始しました。
自分にできること。
そこに住む人達の話し相手になる。
それで気持ちが救われるのであれば聞いてあげたい。
いや、聞きたい。
私の得意分野ではないか。
また会いに行ったらおばあちゃんは私の事を覚えていてくれるだろうか。
ちょっと不安だけれども、行ってみよう。

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