「今」であり続けるために

 更新日:2011年12月13日(火)

11月に南三陸町を訪れました、めぐです。
コミュニティサポート班としていくつかの仮設住宅を回り、それぞれの集会所で「お茶っこ会」やイベント開催時の運営補助など、また福興市のお手伝いと数多くの体験をさせていただきました。活動中には地元の方々からお話を聞かせてもらったり、裁縫や日曜大工を教えていただいたり、充実した時間を過ごすことができました。
最終日の帰宅前に、とある仮設の集会所を訪れ、お世話になった南三陸町の方に挨拶をしました。
お礼を伝え、握手。その時に「忘れないでね」と声を掛けられ、反射的に「忘れません!またすぐに来ます!」と返したわたし。忘れるはずないのに・・・少し切ない気持になりながらその場を後にしましたが、そのやりとりがずっと心に深く残り、今もその言葉の意味を考えています。
今思うこと、「忘れない」とは思い出にしないこと。被災地の人々の「今」をわたしの「過去」にしないこと。離れていると難しいことのように思えますが、「被災地」や「被災者」とひとつの言葉で括らずに、地名や名前、顔を思い浮かべれば、今も寒さ厳しい場所で様々な思いを抱えながら過ごす南三陸町の人々に思いを馳せずにはいられません。
もうひとつ、言われた言葉があります。「またすぐに来ます」と伝えた後に、「そんなに焦らないでいいから。1年後でも2年後でも。個人でも団体でも、ユナイテッド・アースとしてでなくてもいいから(笑)」
「早くできること、すぐに力になれること」を探していた私はこの言葉にほっとしたのも束の間、復興には長い年月が掛かること、それを南三陸町の人々は覚悟していることを知りました。
帰宅後、ボランティアでのできごとを思い出しては頭と心を整理しようと、震災後から切り抜き集めた震災関連の新聞記事を読み返してみました。
わたしの切り抜いた記事はどれも励ましや前向きな記事ばかり。この類の記事を集めることで、自分の中で「震災」を理解したつもりになって結論づけしようとしていたんだ・・・全身をすっと冷たい風が吹き抜けました。
被災地から離れた地では、人を通して得られた、限られた情報の中で、それがすべてのような錯覚になり、納得し、だんだんと被災地への関心が薄れていく。
「わかる」ことはまだまだこれから、ずっと先にあること。それまでわたしは考え続けたい。そうすることでわたしの「今」であり続けるから。
震災前は緑豊かで穏やかな漁港の町だった南三陸町。
来年の春には1本でも多くの花が咲き、その花が人々の心に癒しと笑顔を運んでくれることを望んでいます。
今、私にとって南三陸町は単なる「被災地」ではなく、多くの知人が住む大切な場所です。
これからも一緒に、時を刻みたいと思います。
 
 
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