歌津指輪物語

 更新日:2011年11月17日(木)

メディア班原賀です。
ボランティア仲間のロストさんから記事が送られてきました。
以下に掲載します。
 
 
 
歌津指輪物語
 
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「一度目より二度目のほうが嬉しかったの。これからはもう離れられないって」――跡形もなく家を流され、思い出も大切なものも失った。そう思っていた、そう諦めていた。だが震災2カ月後、33年前に二人を結びつけた結婚指輪はガレキの中からひょっこり顔を出した。
 
南三陸町歌津仮設住宅に現在住む畠山吉文さん、きよ子さん夫妻は3月11日まで歌津寄木地区で漁業を営み、二世帯家族5人で平和に暮らしていた。マグニチュード9.0の巨大地震に襲われた直後、着の身着のまま自動車を飛ばして高台に逃げているあいだ自宅を大津波がすっぽり飲み込んだ。幸い、離れて暮らす娘たちも含め家族は無事だったが、家財道具は一切といっていいほど見つからなかったという。
 
一家は4月、大崎市の鳴子温泉に設けられた避難所に移った。しかし、寄木の漁師組合長も務める吉文さんは程なくしていち早い地元復興のため歌津に戻り、離れ離れの生活が始まった。
 
ひと月ほど過ぎた5月上旬、吉文さんがふいにきよ子さんに会いに来る。手を出すように、とうながされた。「目をつむってね、こうやって差し出したの。そしたら流されたと思っていた結婚指輪が手の中にあったの!」きよ子さんの手のひらにはもう一つ、かつて吉文さんから贈られたネックレスがあった。嬉しそうにはしゃぐ仕草に自然と吉文さんの顔も和らぐ。
 
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吉文さんによると、震災から時間が経ち家財をあきらめかけていた頃、畠山家の引き出しらしきものが見つかったとの知らせを受けた。その後確認したところ、夫妻が生活していた自宅の離れにあったもので、中を開けるときよ子さんの結婚指輪が残っていたという。
 
「家具も服も全部流されて、今ではいつも同じ服を着ている。だからね、よけい嬉しかった」と、きよ子さんは顔をほころばす。夫妻にはこの頃、結婚写真も奇跡的に手元に戻っている。
 
吉文さんは現在、ワカメ養殖の再開を目指して奔走中だ。「震災直後、私たちは世の中の善意で生かされたようなもの。復興はようやくやっと今戸を開けた状態。これからも生きていくことをしなければならない」と力強く語る吉文さん。
 
おしどり夫婦の絆を深めた一つの指輪。復興に向けた希望の光でその輝きがさらに増しているようだった。
 
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