レインボーフラッグへの想い

 更新日:2011年10月24日(月)

こんにちは。 南三陸で活動している鈴木亜理沙(ハムちゃん)です。
どういう風に書けばいいのかわかりませんが・・・ 色んなことを思い出しながら、レインボーフラッグに対する自分の気持ちを書いていきたいと思います。
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私は幼い頃から親と離れて生活しています。
母が小学校に行かせてくれなくなってしまって、祖母はこのままではいけないと児童養護施設というところに預けようと判断をし、
それから親から離れて生活するようになりました。
施設に入ったおかげで学校にも行けるようになったのですが・・・
全く勉強をしないで小学3年生になってしまったので、1年生~3年生までの勉強が全然わからず、いじめの対象になってしまいました。
3年間いじめられたのはめちゃくちゃ辛かったです。
中学に入ってからは新しい友達が出来て、いじめられることはなくなりました。
素晴らしい友達や先生に囲まれて、毎日が本当に楽しかったです。
高校生になってもまた、素晴らしい友達や先生に恵まれました。
アルバイトをしたり、友達とお買い物に行ったり、色んな事が出来るようになったりして、 少しずつ成長できているところも感じられたり・・・。
就職活動で焦ったりもしたけれど、しっかりと就職して、卒業もしました。
思い出してみると本当に高校生活は充実していたな~と思います。
18歳になって私は、今まで生活していた児童養護施設を卒園し、そこから一人暮らしが始まりました。
最初はとても順調だったのですが・・・仕事が終わった後、友達や彼氏に会いに行く中で、生活がおかしくなっていきました。
友達は精神的におかしくて、彼氏は束縛が激しくて・・・。
彼氏と別れたいがために、知らない男の人とあって遊んだりして、生活はボロボロでした。
そういうことを繰り返していたら、自分も精神的におかしくなって、自分ひとりじゃどうすることもできなくて、だけどなんとかこの生活を変えたくて・・・。
思い切って、前に生活していた児童養護施設に電話で今までしてきてしまったことを全て話しました。
すると、施設の職員に
「今まで会った友達、彼氏と縁を切りなさい」
と言われて、ものすごくショックでした。
でも、生活を変えるためにはそれしかないと思って、私はケータイを捨てました。
いつかまた、素晴らしい人とめぐり逢えると信じて。
そして今は、新しい寮に入って生活をしています。
生活リズムも元に戻って、いい生活が送れるようになりました。
そんな時に、
「えいたさんという方が被災地で活動している映像を見せにくるから一緒に見に行こう」
と寮の職員に言われました。私がまだ仕事をしているときに、東北で大きな地震があって、
地震があったその日から私は被災地に行って何かしたいという気持ちがあったので、その映像を見に行きました。
映像を見て、やっぱ・ ・・何かしたい!
そういう気持ちでいっぱいになって、えいたさんに、「被災地に行きたいです!」と言いました。
えいたさんは「いいよ。」と言ってくれて、被災地に行くことが決定!
8月29日に被災地に来て、現状を目の当たりにして・・・涙があふれてきました。
まだ、こんな状況なんだ・・・と。
被災地に来て、私に何ができるかわからない。でも何かしたい。そういう気持ちで毎日UEのメンバーと活動をしていました。
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UEのメンバーはいい人ばかりで、居心地がいいです。
深く仲良くなっていくと、だんだん帰りたくなくなってしまいます。
でも、帰る日にちが迫ってきて・・・。
1週間だけじゃたりない・・・。まだみんなと一緒に頑張りたい。
その気持ちをえいたさんに泣きながら伝えました。
寮の職員にも伝えて、1ヵ月も残ることができるようになりました。
残ったおかげで福興市に参加できました!福興市では清掃班のリーダーとして活動をしました。
不安で前日に泣いたりしましたが、本番は大成功に終わることができました!
ものすごくうれしかったです。
なんとなく、自分が変わったような気がしました。
やっと変われた気がしたのに、また帰る日が近づいて・・・。
帰りたくない、でも帰らなくちゃ・・・。
そう思っていたら、レインボーフラッグプロジェクトの話がきて、
えいたさんが「ハムが本気でやりたいならやろうよ。やるならもっと残れるようにお願いするから。」と言ってくれました。
最初は正直できるのかな~・ ・っていう不安がいっぱいで迷っていました。
でも、南三陸町で何か出来たらいいなと思ってはいたので、なんとなく「はい。」と返事をしました。
そんなとき、寮の職員からおばあちゃんが心配しているよと連絡がありました。
南三陸町に来てからずっと連絡を取っていなかったし、来る時に反対を押し切ってきてしまったから、電話したら絶対に反対されると思って、なかなか電話することができませんでした。
でも、ちゃんと分かってもらおう、認めてもらおうと・・・勇気を出してえいたさんやメンバーのいる前で電話をかけました。
案の定、反対されてしまいました。でも、
「私にはまだ、やりたいことがある!だからまだ帰らない!」と泣きながら話しました。
それでもわかってくれなくて、・ ・・帰っておいでの声で電話は切れてしまいました。
悔しくて・・・悔しくて仕方なかったです。
その時、私は「レインボーフラッグを絶対にやりたい!成功させたい!」と思いました。
えいたさんもスイッチがはいったみたいで、
「ありさは、今本当に頑張っている。でも認めてもらえないのは過去を見てだから、それは仕方ない。でも未来は変えられるから、おばあちゃんを見返そう!今、本当に頑張ってるんだからしっかりわかってもらおう!フラッグ絶対に成功させよう!」と。
私もスイッチが入ったのですが・・・反対されたことがショックで2~3日落ち込んでいました。
気持ちが限界になったとき、メンバーに泣きながら相談していたら、えいたさんが来て「おばあちゃんと話したよ。・ ・・
「おばあちゃん、ちゃんとわかってくれたよ。残っていいって!」と話してくれて・・・。
嬉しすぎて泣き崩れました。
本当に嬉しかったです。
だから、このレインボーフラッグプロジェクトは絶対に成功させたいです。
不安でいっぱいだけれど・・・応援してくれるみんながいる。
だから、あきらめないで、最後までやりぬいてみせる。
UEのみんなのため、被災地の人達のため、全都道府県の人達のため、そして自分のためにも。
皆さん、ご協力よろしくお願いします!
鈴木亜理沙(ハムちゃん)
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