法テラス事務所開設
更新日:2011年10月15日(土)
こんにちは。横浜から来ました、会社員のでにーろです。
1週間メディア班でお世話になってます。
今日は10月3日よりオープンした、「法テラス」さんの南三陸町事務所にお邪魔してきました。
http://www.houterasu.or.jp/news/20111003.html
「法テラス」とは、正式名称を「日本司法支援センター」という、法的トラブル解決のための情報・サービスを受けられる社会を目指し設立された機関です。
今回は事務所リーダーの方にお時間を頂き、お話をうかがう事ができました。
南三陸町では、3月の大地震・津波から7か月が経過し、
(仮設住宅等、「仮」の場所とはいえ・・・)住生活が落ち着いてきた一方で、
「法制度に起因する、様々な複雑な問題」が発生しているそうです。
例えば二重ローンの問題。
車、住宅を購入するために住民の方々がローンを組んだ一方、
今回の津波でそういった資産が一気に水の泡に。
一方でローンだけは残されてしまい途方に暮れる住民の方々。
また住生活が一段落したところで顕在化した「相続」の問題。
ただでさえ複雑な相続手続なのに、今回は持っている土地が地盤沈下によって灌水し、
全く使い物にならない状態。
また国・自治体の方針もあり、そもそも恒久的に土地が使えなくなる可能性もあり。
今回の災害に絡んだ複雑な状況がそこに加わります。
「困っているけれど、『どこに』そして『誰に』相談したら良いのか見当がつかない」
そういった住民の方の助けになるべく、この度南三陸町に事務所を開設したのが法テラスのみなさんです。
宮城県内では、仙台市に続いて二か所目の事務所となります。
(なお山元町、東松島市にも続いて事務所開設予定とのこと)
宮城県でも仙台弁護士会等、都市部では弁護士の先生方がいらっしゃいます。
一方で南三陸町においては、津波による被害が深刻な一方で弁護士の先生はほとんどいない。
でも法律面でのサポートの必要性は根強いものがあります。
法テラス・南三陸町事務所においては月曜日から金曜日までの間、
弁護士による無料法律相談(宮城県の他地域から弁護士の先生が交替でいらっしゃるとのこと)が受けられる他、
加えて火曜日、金曜日には税理士、司法書士、建築士、行政書士等の各分野の専門家による無料相談が受けられるとのこと。
(↑弁護士以外の専門家の相談が「一カ所で」受けられるのは、南三陸町ならではのサービス。)
「南三陸町の方々は家も車もすべて流されてしまった、本来ならば今最も法律に守られるべき人たち。」
「間違った情報に振り回されたり、一人で悩む前に『まずは専門家の話を聞きに行こう』。そういった空気を、作りたい」
「『法律相談は敷居が高い』というイメージを身近なものに変えたい。」
リーダーは仰っていました。
なおリーダーは気仙沼在住。現事務所に勤める前は消防士として活動されていました。
また震災時には気仙沼の自宅で津波の襲来を目の当たりにし、
現在「語り部」としても活動されているそうです。
(幸いにしてご自宅は高台にあり無事とのことです)
事務所の話に続けて、「消防士」としての、災害への思いも伺うことができました。
印象に残ったお言葉は、「『想定内の災害』・・・など無い」ということ。
「災害とは常に『想定外』。起こってしまった『想定外』をいかに切り抜けるか、どうすれば良いかを考えるのが災害対策だ」と。
あの大震災・大津波から7か月が経過。
5日後、10日後の生活の心配は無くなった一方、
住民の方々は5年後、10年後、20年後を見据えて生きていかなければなりません。
常に付きまとう、未来への不安。
「いったん衰えたものが、再びもとの盛んな状態に返ること」
辞書で「復興」という文字を引くと、そう表示されます。
私は南三陸町の「もとの状態」を知りません。
また7か月前に何が起きたのか、実際に目にした訳では無いし、
このたった1週間で理解できるとも、とても思えません。
でも復興しゆく街の「今」を目にし、住民の方の「今」を直に耳にする事はできました。
流されてしまった駅舎の前で、偶然お話をうかがったお母さんが言っていました。
「ちょっと前まで立派な屋敷があったのよ。きれいな家だった。ピカピカでねぇ。
家族もみんな一緒。目の前もきれいな海だった。
それが一瞬で家も車も、お父さんも息子も・・・全部流されてしまった。
もうね、なんで自分だけ残っちゃったんだろう・・・本気でそう思った。
仮設(住宅)に入れてもらえたけど、居られるのもあと一年半。
でもね・・・
それでもね・・・やっぱり生きてかなくちゃ。」
振り返れば悲しみは尽きないけれど、とにかく前を向いて歩いて行く。
南三陸の様々な方と出会い、皆さんの力強さを常に感じた一週間でした。
来週からは東京の職場に戻ります。
普段は中々来れないけれど、
またいつか、南三陸町の「未来」に会いに来たいと思います。
一週間本当にありがとうございました!