震災から1年 ~大切な友人たちに伝えたいこと~

 更新日:2012年03月20日(火)

はじめまして南三陸町で生まれ育って来た、高橋翔太(しょーちゃん)です。
昨年の6月からUE(ユナイテッドアース)で一緒にボランティア活動をしています。
 昨年の3月11日から1年が経ちました。いままで俺は震災当時のことをあまり話したくありませんでした。それは、同情されるのが嫌だったからです。
 今の僕があるのは震災が起こってから今まで出会ってきた、そしてこれから出会うであろう人達みんなのおかげだから、この話をしたからといって同情なんてしないで欲しい…それが僕の1番の願いです。
 
 僕の家は目と鼻の先に海があるという場所に建っていたので津波で流されてしまいましたが、別にそれは構いません、家族が全員危機的な状況にありましたが無事に生きて会えたのだから。
 震災が起きてからいろいろなことをしてきました。物資運びや水汲みや道路の簡易的な整備をしていたり、それと「遺体運び」もしました…
僕が住んでいた地区には若い人があまり多くなかったこともあり、なんで僕がとか思いながら手伝っていたし、「遺体」というよりも何か「物」みたいな感覚で作業をしていたけど、あることがきっかけで僕はその考えがあまりにも愚かだったと思うようになりました。
 当時、避難所だったベイサイドアリーナには全国、または世界中からたくさんの物資が運びこまれていました。人手が足りないということで僕もその手伝いで駆り出されていました。

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そこで、僕はある光景を偶然目にしました。それはトラックに乗せられた傷だらけの子供達の遺体でした…その隣には泣き崩れる夫婦の姿があり、その手には冷たくなってしまった小さな手がしっかりと握られていました…。僕は、失礼かもしれないけど、ただずっとその光景を見ていました。その時は胸の中でなんとも言えない痛さがじくじくと自分の中で広がっていました。
 この震災で多くの人が大切な人たちをなくしました。僕も大切な友達をなくしました。そいつは車が好きで、この南三陸町が好きで、友達が好きな奴でした。
そいつは震災の2日前の夜に「今から遊びに行こうよ」と誘ってきました。僕は忙しくてその誘いを断り、3月11日の夜にしようと言いました。それがまさかこんなことになるとは思っていませんでした…
 彼は、4月の中頃、遺体で見つかりました…
 葬儀はできないので火葬だけでもするからと呼ばれて火葬場に行きましたが、僕はその時彼のことを遺体を見て一瞬何かやっぱり「物」みたいに思ってしまった。
人の中にある「魂」というものが感じる事ができなかった、人の形をした入れ物のように感じてしまった。
それがめちゃくちゃ悲しかった、めちゃくちゃ悔しかった。
ボロボロと涙が止まらなかった、彼に対する申し訳なさと、
今まで遺体処理をしてきた時に何も感じることができなかった自分に対する悔しさでいっぱいだった。
あの人たちにも大切な人たちがいて、こんなに泣いてしまう人がいると思うとやりきれなかった。
 
 それから1ヶ月位何もする気が起きなくて死んだような思いで過ごして来ました。
でもある日、テレビのドラマで「仁」という番組がやっていたんですがその中で
 
「死んでいった者たちに生きている者たちがしてやれることはもう一度この国にこの場所 に生まれて来たいと思える場所にすることだ」
 
って言ってました。それを聞いた瞬間に自分が何をしたらいいのかが、少しだけ分かった気がして、涙が自然に出て来ました。それは、聴く人によっては何て事のないセリフの1つかも知れませんが僕にとっては今でも心の根底にある大切な言葉になりました。
 
 それから僕は友達に前から誘われてたボランティアに参加しようと決めました。
何ができるか分からないけど、ただじっとしてるよりは何か行動したほうがいいと思えたんです。
 しかし、今となっては笑い話ですが、ボランティアをして行くうちに何が正解なのか、分からなくなってしまった時があり、僕は11月の始めから1月の中旬まで軽く「うつ」になってしまいました。何をしてもダメなんじゃないかとか、なんで俺はあの時死んでなかったんだろうとかを毎日毎日考えていました。しまいには自殺まで考えてしまったこともありました。
 
 あの頃は、ボランティアとは何なのか、団体の自己満足なのか、宣伝なのかとか悩みました。ただ、あの時「みずちゃん」というボランティアの人に言われた「私もわかんないけど、私は誰か一人でも喜んでくれる人がいるのであれば頑張りたい。」という言葉が今も胸に残っています。彼女の言葉で少し僕も救われたところがありました。
彼女以外にも、たくさんの人たちのおかげで僕は立ち直る事ができました。今ではちゃんと腹の底から笑える事が出来ています。
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 3月11日、僕は亡くなった友人の彼に会いに行くことにしました。志津川病院の裏で彼の遺体が見つかったそうなので、そこであの時果たせなかった約束を守りに行こうと思ったからです…、病院周辺はマスコミの数が多すぎて嫌になったけど、それでも彼との約束をないがしろにしたくなかったから少し遅くなったけどビールを持って彼が見つかった場所へ会いに行きました。それと彼がよく吸っていたアカマルを持って彼と乾杯してきました。話したい事がたくさんあったんだけど、全然伝えられなかったです…、いろんなこと思い出してしまって上手く言葉にできなくて、それでも1つだけ伝えたいことだけは伝えてきました。
 
『最高の友達がたくさん出来た』って自慢してきました。
 
僕は今まであってきた友人たちにお礼を言わなければなりません。
僕に出会ってくれてありがとう
僕と友達になってくれてありがとう
ボランティアとして一緒に活動していたのもあるけど僕はあなたたちのおかげで
立ち直れたし、ちゃんと今を生きていくための覚悟を持てました。
『頑張る』って言葉は使わない
自分らしく生きていこう
自分のことを好きになろう
自分でよかったと思えるように生きていこう
人を好きになっていこう
人のために生きていこう
そんなことを思えるようになったのはあなたたちのおかげです。
この言葉は絶対に伝えないけないと思う
「ありがとう」
この言葉しか出てこないです
いつかは皆それぞれの道を歩んでいきます。いっぱい悩んで、いっぱい苦しんでそれでも前を向いて一歩ずつ確実に歩んでいきます。それは僕ら被災者も、ボランティアできた皆も同じ事です。だから毎日を精一杯楽しんで生きてください。
僕ら被災者があなたたちに出来る恩返しはこの町を復興させて、そんでまたこの町に来た時に「おかえり」って笑って迎えてあげる事だと思います。
それまではまだ時間もかかるし、いろいろ大変でたくさんの人たちの力が必要だと思います。こんな馬鹿な僕だけどこれからも宜しくお願いします。
~新しく出会った大切な友人たちへ、感謝を込めて~
しょーちゃんでした、長々と書いてしまって申し訳ありませんでした。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
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