第13回 福興市
更新日:2012年05月10日(木)
4月30日 第13回福興市が行われました。
南三陸町の福興市は毎月月末の日曜日に開催され、一万人近くの人が来られます。
あの東日本大震災から一年と一ヶ月が経過し、13回目の福興市が開催されたということは、このお祭りは震災直後から開始したことが分かります。
私は一年前の福興市には来ていません。2011年の5月の第二回福興市から参加しました。
ただ伝え聞く第一回は避難所だった志津川中学校で、電気もなく、地元商店も津波に流された直後だったので全国から善意で集められた商品を売るというものだったと聞きます。
震災から一ヶ月も経たずに南三陸町の方々は福興市を企画し、瓦礫も片付かないままの町に一万五千人もの人が集まり大成功できたのです。
福興市 公式サイト
http://fukkouichi-minamisanriku.jp/
散り散りになった町の人々が再会し、安否の分からなかった方達が生きていることを確認し合い涙を流して喜んだそうです。私がそこに参加できなかったことは悔まれますが、当時の写真や映像を見るとそこには、決意に満ちた人々の笑顔と涙が映っていました。誰もが命を燃やし、現状を変えるために懸命に助け合い、不可能に思えることを成し遂げた、そう感じる写真でした。
(2011年4月第一回福興市の様子)
そして一年経ち、避難所から仮設住宅に住民の方々は移り住み、瓦礫を片付けた跡には商店が建ち、少しずつ普通と呼ばれる生活に近づいてきた今、福興市に訪れた人々の笑顔は一年前に見せた決意の笑顔とは違う、柔らかい微笑みでした。地元商品を売れるようになり楽しそうに働く人々、ステージを満面の笑みで優しく見守る人。一年経って、皆を包む雰囲気が変わったのだと実感できました。
去年、瓦礫に埋もれて咲かなかった桜は咲き、 未だ残る瓦礫の間から花が姿を見せた南三陸町で生きる人々の顔は、想像を絶する苦しみや困難を乗り越え不可能と思えることに挑戦してきた人にしか出来ない笑顔に見えました。どれほどの痛みを越えてきたのかは私には分かりません。でも、そこにいた人達の笑顔から感じることができるたった一年の間に経験した長く深い歴史は、きっとこの町の未来をこれからも輝くものにしていくのだろうと思えました。
一年前、出来るか分からないと思われた福興市をやり続けると言った町の人々は本当に実現することが出来ました。その願いを実現した姿を見ると、あの時の「願い」とは必ず成し遂げようとする「決意」だったのだと今なら分かります。
それを町の人々の笑顔から学ぶことの出来る福興市でした。
メディア班 さの
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