まなプロチームで石巻エリアを視察しました

 更新日:2013年11月07日(木)

こんにちは。

南三陸復興学びのプロジェクトチームは、先日視察を行いました。
南三陸町に隣接する被災地の今を、私達も勉強し、
これからの活動に活かしたいと思い企画しました。

1日目は、石巻・女川・雄勝エリアに行きました。

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南三陸町では防災庁舎の解体が町の方針として決定されました。
(国や県が保存についてを考えているとも報道されています。)
ですので、私達も「震災遺構」と呼ばれるものを各自治体はどのようにしていくのか、
防災、後世にどうこの震災を伝えるのか、
それも視察の焦点のひとつでした。

今回は語り部タクシーを利用させてもらいました。

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運転手さんは様々なスポットを周りながら、
「僕は99%死んでもおかしくなかった」と話始めて下さいました。

ここまでは来ないだろうと、家族共々、逃げなかったこと。
津波が来て、自宅の屋根に家族と上がり、一命を取り留めたこと。
仮設での暮らし。

私は、個人的にこのエリアは2011年4月に活動していたことあり、
当時、どのあたりまで浸水していたか、ガレキが集積されていた場所も、
おぼろげながら覚えています。

・・・と思っていましたが・・・。

運転手さんに教えてもらって「ここも浸水していたんだった」
「ここは車がいっぱい積まれていた」と思い出した箇所が沢山ありました。

自分自身は覚えていると思っていましたが、かなり、忘れていました。
当時は家々がほとんど流された場所がすっかりキレイになった場所に立ち、
見渡す限り、海も見えない場所で、
「私だったら、逃げないな」と思いました。
そんな場所が沢山、ありました。

当時、何もなかった場所に仮設住宅が建ち並び、
新築の分譲住宅が立ち並び、コンビニが出来た地区もありました。
お風呂支援をしていた駐車場も仮設住宅が建っていました。
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泥だしをしたお宅は、リフォームして普通に暮らしているのが見てとれました。

2年半前とは、景色は変化している。
その中で、震災を物語る建物がある、震災を話してくれる方がいる、
そして、震災を物語る看板が、このエリアには多くありました。
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続く


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