■□南三陸町長との交流会■□

 更新日:2013年10月17日(木)

南三陸町の復興のために、働きながら支援しよう!
という「復興応援バイト」に参加して、南三陸町に来た約40名近い若い世代の人たちと、
南三陸町長との交流会を南三陸町「いりやど」で開催しました!
皆さん勤務先が異なるため、時間を合わせることが難しいのですが、南三陸の各企業様にご協力していただいて、
素晴らしい交流会を開催することができました!

まずは全員から町長へ自己紹介の時間。

自分がどこから来て、どこで働いているのかを紹介してもらいましたが、
出身地はもう日本全国各地からなんです。
北は北海道、南は九州の方もいます。
そんなみんなと町のトップの方と話ができる機会は、そうあるものではありませんから、みんな若干緊張しながらも(^^:
しっかり自己紹介をしていました!
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そして、町長から震災前と復興状況について、みんなに語ってくれました。

南三陸町の基幹産業は、水産(250億)と観光(250億)の町でした。
震災前の観光客の最高記録は110万人(年)だったそうですが、
昨年はボランティアなども含めて何とか90万人まで回復。
そして、水産は震災前の水揚げ高の8割まで回復したそうです。

また、南三陸町は「高台移転」を1番最初に決めた町ですが、
過去120年間で4回の津波被害を受けた町でもあります。

しかも、中には町民で人生の3回、自宅壊滅された方もいるほどで、
しかしながら、311は津波が来るとは分かっていても、あの規模までは到底想定できていなかったと言っておられました。
まさに自然と共に過ごす町です。

震災前から、交流人口を増やすことを注力されていましたが、
この震災で多くの人口流出が進み、一気に高齢化率が30%を超えてしまいました。
だからこそ、復興に向けて、さらなる交流人口拡大に力を入れようと必死になって考えておられます。

「27人が1泊すれば1人の定住人口を同じ経済効果がある」
「79人の日帰り客が来れば、1人の定住人口と同じになる」

この言葉はとてもすごく印象に残りました。
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しかし復興の道のりは本当に大変で、現在も苦労苦労の連続だそうです。

「防災庁舎の解体を決定した心境」
「町にある28の高台移転先の交渉」

など、本当に多大なるご苦労をされてました。
しかも高台移転においては、1番早いので今年12月から分譲スタート。
全部完成には約2年近くの年月が必要のようで、復興の道は本当に長いなと感じました。

その町長も、震災から2年半一切休みはとっていないそうです。
その原動力は、目の前で職員を失くし、明け方を待つまでに生き残った職員から、
自分たちが生き残った以上復興させる責務があると使命を感じたからだそうです。

命懸けで町の復興にかける町長の目はまさに真剣そのものでした。

最後に、町長が今は流されたが自宅(十日町)から見る風景のお別れ会を親しい方々と実施されたそうです。

窓を開けると隣から「仁ちゃん(町長)おはよう」という声や、
歩いて出勤するときに「仁ちゃん頑張って」といったさりげない日常の光景が大好きだったそうです。

そんなお互いの顔がいつもわかる、つながりあふれる町、南三陸町。

まだ、この町に来たことがない人も、来られた方も、
ぜひ、人と人のつながりを感じる南三陸町を、ぜひ訪ねてみてはいかがでしょうか。