社会貢献共同体 ユナイテッド・アース

ボランティア参加者の声

わかめ漁が始まりました。

2012年3月23日 23:29

漁業班に参加させていただいてる名人プーリーです。 
 
 
前回(10月31日~11月2日)も一度参加させていただきましたが何もわからないままで、現地の方との交流もほとんどできないまま終わってしまったので、今度機会があれば長期間参加したいと思い、今回参加させていただきました。 
     
 
漁業班は主に志津川漁港の水揚げされた魚の競りのお手伝いをさせていただいています。
そして今漁港では冬の鱈漁が終盤にさしかかり、来るべきわかめ漁に向けて動き出しています。
 
今回我々が参加させていただく事になったわかめ漁の手伝いの内容です。
① まず漁師さんが獲った養殖わかめを舟から荷揚げし、漁獲量を測ります。
② この時点ではわかめは普段見慣れている緑色ではなく、茶色で歯触りも固くまだ販売できない段階です。
③ そこで大きなゆで釜を使ってわかめを茹でて、水で冷やして取り出すこの段階で見慣れた緑色になって魚市場にて販売されるそうです。

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恥ずかしながら自分は今回の漁業の活動に参加するまでは、南三陸町では養殖されたわかめも漁港の要の1つである事を知りませんでした。
 
しかし、昨年3月に南三陸町を襲った大震災による津波は漁港にも甚大な被害を与えました。
それによってこの時期に始まるわかめ漁為の漁船や設備も機能を失いましたが、再び漁ができる様にする為に漁港やボランティアの方々が全体の7割も壊れた船を修繕したりして、何とか漁を再開できるまでにこぎつけたそうです。
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活動に参加させていただいてる時に、魚市場の方があの震災時の様子を話して下さいました。
苦労して手に入れた家や仕事場、大切なものを失って辛いはずなのに不慣れな私達に丁寧に仕事を教えたり親切に接して下さったりしてこの漁業支援に参加できて本当によかったと思います。
 
今テレビや報道では被災地や被災された方への放送は少なくなり、人々の関心も薄くなり、忘れ去られようとしています。
 
しかし今回実際に漁業支援に参加させていただいて、震災以前時の機能の回復には程遠く依然としてマイナスの状態であるという現実を知らされました。
      
漁港やそこで働く方々は震災前の生活を取り戻す事、つまりマイナスからゼロへの到達が当面の目標だと思いますが、それには普段の仕事以外にもたくさんのやるべき事が残っていて、その為の労働力や費用もまだまだ必要です。
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率直に言って漁港の方々に対して自分達にできる貢献は労働力であり、しかもとても微々たるものですが、 少しでもゼロへ到達する手助けになりたいと思います。
 
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南三陸町でもらったもの

2012年3月17日 00:16

こんにちは。ユナイテッドアースで活動をさせて頂いているゆっこです。

私は昨年4月に初めて南三陸町を訪れました。
家も人も流され、町は瓦礫だらけで
水も電気もガスもない状況の中で
避難所であるベイサイドアリーナの総合受付を任せて頂きました。
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土地感もなく
方言もわからず
この町のことを何も知らない私が
避難所の受付をしていていいのかどうか
自分の想いだけでこの町に来てよかったのか
正直、わかりませんでした。
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そんな想いを持ったまま
活動を続けていたある日

私がひとり、お昼ご飯を食べていると
ひとりのおばあちゃんが隣に座りました。

どこに住んでたの?
と尋ねられ

私は
ボランティアで大阪から来たの。
と答えました。


そしたらそのおばあちゃんが
今アリーナで配られたばかりの
みかんを私に差し出して

ちゃんと食べてるの?
来てくれてありがとうね。

と私の手を握りました。


南三陸町に来たことが
正しいのか間違ってるのかはわからないけれど

ありがとう。と手を握ってくれる人がいる。

遠くの支援でできることはたくさんあるけれど

南三陸町にいるからこそ
近くにいるからこそできることがある

そう思いました。

現在、わたしはコミュニティサポートチームとして
小学生を預かりプレスタ(play & study)を行っています。
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子供たちは毎日とても元気に学校へ行きます。
そんな子供たちに元気を与えるはずの私たちも
元気をもらいます。
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彼らから元気をもらっているのは私たちだけではなく、
地元の方からも子供たちに元気をもらうという声を聞きます。
そんな子供たちの笑顔を守るために、これからも
楽しい遊びと学びの場を提供していけたらと思います。
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3・11から一年 志津川中学校謝恩会

2012年3月14日 11:36

こんにちは。
広報班の山崎です。
 
先日、志津川中学校では卒業式が行われました。
私たちは式の後、ホテル観洋で行われた感謝の会のお手伝いをさせていただきました。
卒業生と親御さん、お世話になった先生方が集まる、最後の機会にもなります。
そして、震災の影響で転校してしまった生徒さんも帰ってきていました。
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私たちは、事前準備で仮設住宅の集会所に伺って、一緒に当日かける音楽を決めたり、
プログラム表は折り紙を使って手作りしたりしました。
また、当日は荷物の運び込みや席の案内、音楽を担当させていただきました。

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会は、ビンゴゲーム、各部活動から先生へのお礼、各クラスの出し物、
と賑やかに楽しく、ハレの日にふさわしく進んでいきました。
 
最後に、志津川中学校に取材で入っていたという、青森放送の方々が作って下さった、
スライドショーの上映がありました。
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震災から数か月後に行われた合唱コンクールの映像と音楽に合わせて、
入学式の記念写真から、遠足、運動会・・・少しずつ大人びていく彼らを、
私も見つめていました。
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震災後、避難所になっていた頃であろう写真も、ありました。
でも、写真の中の彼らは、いつも、笑顔でした。
それを見ているお母さん方は、号泣していました。
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そして、「1年間、頑張ったね」
の文字が浮かび、スライドショーは終わりました。

最後に、生徒さんの作った花道を先生方に通っていただき、
会はお開きとなりました。
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全てが終わった後、
涙を拭いながらお母さんが私に話してくれました。
 
「この子達はこの1年、
『頑張れ』って言われる事ばかりで、
 『頑張ったね』って言われる事、なかったなと思って、
 青森放送の人に話したの、入れてくれたのね」
 
南三陸町の復興は10年かかるといわれています。
復興後の南三陸町を担っていくのは、彼らです。
 
大人たちは今、一生懸命、町を復興させようとしています。
 
思春期、という多感な時期にいた彼ら。
受験生、という重要な時期にいた彼ら。
彼らは復興した町を担うにふさわしい姿を、
この1年のいたる場面で、見せてくれました。
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私たちも、ボランティアとして微力ながら力添えをします。
素敵な会のお手伝いが出来て、良かったです。



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仮設でグラスハープ演奏会

2012年3月 9日 20:47

コミュニティサポートチームのリーダーを任されているなっちゃんです!
南三陸町に来て仮設支援を始めて5ヶ月になります。

私たちの取り組みは、南三陸町に点在する59か所の仮設の内、
主に志津川・入谷地区にある29か所の仮設住宅の集会所や談話室をお借りして、
イベントや物資配布を通じてコミュニティ形成のお手伝いをすることです。

今回は、歌津地区にある港・桝沢仮設の談話室をお借りして、
弘前大学の音楽サークルによるグラスハープ演奏会をお手伝いしました。
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大小さまざまなワイングラスに注がれたお水。
音階を示す赤、緑、黄色。
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水に濡らした手でグラスの縁を擦るだけで奏でられる美しい音色。
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その場に居たおかぁさんたちは、
「ほぉーっ」と不思議そうに演奏に聞き入っていました。

何より印象的だったのは、演奏が終わった後のおかぁさんたちの表情です。
みなさん、とても素敵な笑顔で拍手を送ってくださいました。

震災で壮絶な体験をしてたいせつな家族やお友達、すべてを失った方たち。
だからこそ、みなさんの笑顔を見ると安心すると同時に胸がぎゅーっと締め付けられます。

震災から一年。
仮設に移り住んで半年から八カ月ちょっと。(注釈⇒港、桝沢の場合)
こころの復興までの道のりはまだまだ長いです。

【弘前大学グラスハープ・アンサンブル】
http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/usr/tomita/glassharp/glassharp.htm




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日本を離れて思うこと

2012年3月 7日 12:37

9月と10月の2度、約3週間にわたって南三陸町でのユナイテッドアースの活動に参加したさやかです。私はカリブ海の島国バハマに住んでいます。バハマは、700あまりの小さな島々からなり(人が住んでいる島はそのうちの30ほどです)、人口は34万人ちょっと、日本人も30人くらいしかいない小さな国です。

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大きな地図で見る
 
 
 
去年の3月11日も私はここにいました。当時日本との時差は14時間あり、日本で地震が起きた時間は眠っていました。バハマ時間の3月11日の朝、アメリカのニュースを見た義母からの電話で、日本で大きな地震と津波があったことを知りました。慌ててテレビをつけると、どのニュースチャンネルでも日本の地震と津波について知らせていました。同じような映像と内容が何度も繰り返されるのを信じられない思いでぼぉーっと見ていたような記憶があります。

 

その日から、バハマに住む日本人の友人とは「日本はどうなっているのだろう?」という話ばかり、現地の人々に「日本は大丈夫か?」と気にかけてもらう度に、私自身大丈夫なのだろうか?と思いつつ「大丈夫です。」と答える毎日でした。今はインターネット等を通じて様々な情報を手に入ります。それでも日本から遠く離れたこの小さな国ではなかなか思うように現状を知ることができず、もどかしく感じていました。あの日何が起きたのか、その後の日本や大きな被害を受けた地域がどうなっているのかを自分の目や肌で感じたいと思いつつ、ようやく日本に帰国できたのは7月の下旬でした。
 
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南三陸町でのボランティアの様子
 
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今回は、日本滞在中のことは割愛させていただきます。様々な人達に出会い、いろいろなことを感じて11月10日にバハマに戻ってきました。その後、被災地、そして日本も離れた自分に何かできることはあるのか、というのが私の課題となりました。

 

前に述べたとおり、バハマは日本からかなり遠く、ここに住む日本人はそう頻繁に日本と行き来ができません。また、日本人も少ないのでみんなで情報や思いを共有する機会も少ないのです。皆日本のことを気にかけながら、もどかしい思いでいるはず。そのような人達に、私が体験したことや感じたことを伝えられたらと、昨年11月11日は日本人と現地の方々と小規模ながらもバハマでも復興カフェを行いました。南三陸町を襲った津波や当時の町の様子、震災から半年以上経った町の様子を映像や写真で見た際には、皆、想像以上の被害に言葉を失っていました。日本と同じような地震多発国出身の方は、自分の国の友人・家族ともシェアしたいと言っていました。南三陸町に掲げられたレインボーフラッグとたくさんの笑顔、明るい歓声には言葉を超え、皆和まされました。しかし、同時に、その笑顔と一緒に映るまだ何もない町に改めて心を痛めた方もいました。
 
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今でも、日本人の友人と会うと自然と震災の話になりますし、私が日本人と知ると「家族は元気か?日本はどうか?」と心配してくれる外国の方々がいます。そんな時には、私は自分の体験やユナイテッドアース等ボランティア仲間が発信している情報を伝えます。日本を離れた今となっては、ボランティアとして現地に行くことはできません。日本で買い物をし、日本の経済活動に貢献することもできません。本当に小さなことですが、私なりにこの震災のことを伝えたり家族・友人との間で話題にすることが、日本を離れた私にできることなのかな、と感じています。私が伝えることで、一人でも多くの人が何かを感じ、被災地のことを心に留め、被災した地域や日本の為に何ができるのかと考えるきっかけとなればと思っています。なので、被災地のみなさん、ボランティアの皆さん、明るいニュースはもちろんのこと、まだまだ大変な状況であることも全部、現状をどんどん発信してください。私は私のできる範囲でそれを伝えていきますので。
 
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3月11日は私も友人と一緒に、遠くバハマからあの震災で被害にあわれた方々、苦しい状況の中でも前に進もうとがんばっている方々、そして日本のことを思い、静かに祈ります。いまだ震災の爪あとが大きく残る地に、早くたくさんの笑顔が戻りますように・・・。
 
 
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子ども達から もらったもの

2012年3月 2日 13:45

こんにちは。短期ボランティアとして北海道から参加しました、きんちゃんです。
私は南三陸町の方々と直接かかわれるような活動をしたいと思い、 キッズサポートや漁業ボランティアなどを希望しました。
 
そのなかで、南三陸町のあさひ幼稚園で行われるお遊戯会のお手伝いに、2月16日から18日まで参加してきました。
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16日、17日はあさひ幼稚園の子供たちと一緒に遊んだり、卒園に向けた壁紙を作ったりしました。

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お遊戯会の本番は18日だったので、17日には私たちボランティアメンバーをお客さんに見立てて、 子供たちがダンスを披露してくれたりもしました。少し照れながら、でもみんな楽しそうに踊っていて、18日の本番がますます楽 しみになりました。
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18日は、お遊戯会本番。
朝から子供たちの衣装を着させたりしていたのですが、控え室でも子供たちが踊
りだしたり、ドキドキワクワクしているのが伝わってきました。
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お遊戯会が始まり、子供たちは家族・先生など多くのお客さんの前で
ダンスや劇、合唱を披露しました。
私は幕の開閉や大道具の手伝いとして、ステージ横から子供たちの姿を見ていま
した。
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大勢のお客さんを前に緊張している子も多く、劇のせりふやダンスをを忘れてし
まったりする子もいました。
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だけどみんな一生懸命で、緊張しながらも楽しそうに、輝いていました。
 
忘れてはいけないのは、ここは被災地であるということ。
もちろん、幼稚園から帰れば仮設住宅で暮らしている子もたくさんいます。
だけど子供たちは、「今」を一生懸命、楽しんでいました。
それが子供たちの両親や幼稚園の先生方にも伝わったから、
あんなに温かいお遊戯会になったのだと思います。
子供たちが持つパワーは、周りの人たちにも元気を与えてくれるんだな、と思い
ました。
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そんなことを考えながら、最後に子供たちが合唱した「Believe」を聞いていた
ら、ついつい涙が出そうになってしまいました。
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あさひ幼稚園で3日間活動ができたことは、私自身元気をもらうことができたし、
被災地の人々の持つパワーを感じることのできた貴重な体験でした。
北海道という離れた地からではありますが、南三陸町の復興や子供たちの成長を
これからも応援していきたい、という気持ちでいます。
南三陸町の方々、UEのメンバーの皆さん、本当にありがとうございました。


 
 



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志津川福興名店街オープン! 第11回福興市

2012年2月27日 13:51

ユナイテッドアースで活動している指揮です。
2月25日、雪。南三陸町に志津川復興名店街のオープンの日に立ち会うことができました。
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コンテナの店舗が立ち並ぶ商店街。隣には津波の被害を受けて壊れたままの消防署。けれどそこにはたくさんのまぶしい笑顔といっぱいの「ありがとう」があふれています。店内や店先に所狭しと並べられたお祝いの花や、いたるところから聞こえてくる「開店おめでとう!」の声、寒さなんて吹き飛んでしまうくらい温かい気持ちになりました。それと同時に、この商店街を立ち上げるために震災まもない5月から尽力されてきた皆さんの熱い思いに、わたしの胸にもこみあげるものがありましたDSC_0153.JPG
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わたしは9月末に初めて南三陸町に来ましたが、震災から半年がたったその頃でも町には明かりがなく、買い物する場所といえば仮設のコンビニくらい。初めてお話を伺った仮設住宅にお住まいの方に「こんなになっちゃって、この町の復興なんて無理だよ」と言われ、何も言えませんでした。
確かに津波の被害の跡は、もとの町を想像することができないほど。そこにはもともと何もなかったかのように土地だけが広がっていました。でもその頃は知らなかったのですが、すでに復興名店街の準備が着々と進められていたのです。2月にはコンテナに看板が取り付けられ、機器が運び込まれ、たくさんの人が出入りするようになり、そこに居るだけでパワーが感じられる気がしました。

そして今日、お店に入るとお店の方々の誇らしげな顔、顔・・・店を再開することができたことへの感謝やここで人と出会える喜び、家族や友人やお客さんみんながそれを分かち合っていました。
通りを歩いていると、仮設住宅でお知り合いになったお母さんやボランティア先の幼稚園の先生たちが、顔を見て話しかけてくれます。「お久しぶり、元気だった?」「本当によかったねえ。」「お疲れ様、楽しんでいってね。」とおっしゃる皆さんはキラキラしていました。この町が大好きで、この町を誇らしく思い、震災から立ち上がろうという思いにあふれているのです。
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復興への道のりはまだまだ長いものですが、
確実に歩みを進める南三陸町の人は、強くそして温かいです。
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語り部さんがおっしゃっていました。
「5年後、10年後の南三陸町を一緒に見てください」
ペットボトルのキャップで作られた文字は
「たすけらいだよ ありがとう」
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こちらこそ、たくさんの勇気とやさしさをもらいました。ありがとうございます。
そして、これからも南三陸町を思う気持ちを一緒に分かち合わせてください。
復興名店街のオープン、本当におめでとうございます。
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たくさんの魅力ある町 南三陸町

2012年2月21日 11:17

短期ボランティアに参加したフルートです。
震災後、はじめて町の名前を知りました。
防災庁舎や志津川病院の話は報道で知っていましたが、訪れてみて、やっと町の名前と震災の出来事が一致したというお恥ずかしい状況でした。
 
ボランティア初日、志津川の町が見渡せる高台へ連れて行ってもらった時、何も感じなかったことがとてもショックでした。
ここに町があったことが全く想像できなかったからです。すでに瓦礫が撤去されてしまい、更地になっています。
こういう町なんだと思ってしまいました。
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説明を受け、ここには駅もあり、役場など町の主要な機能があり、商店街があった町の中心地であることを知りました。
震災前の町の写真も見せてもらいましたが、この更地からは想像ができない、たくさんの「色」がある町でした。
 
こちらでの滞在中、何度となくこの中心地を通りました。朝は軽く渋滞するほど車も走っています。
町の人たちはどんな思いでここを通っているのかと思うと胸が痛みました。
 
それでも、道の途中途中には仮設店舗ですが再開しているお店もあります。
手書きの看板や移転先の表示など、お店の名前が大きく書かれています。
町の人たちは前向きに町の復興に向けて生活をはじめていることが分かります。
腫れものにさわる様に町の方々に接しようとしてしまった自分の姿勢を改めることにしました。
 
そんな気持ちがもてたのも「福興市」に参加させて頂いたおかげだと思います。
私は、老舗のお店「高長味噌醸造元」さんのお手伝いをさせて頂きました。
お味噌をおまけしてくれる優しい社長さん、とても品が良く物腰の柔らかいお母さん、お話好きなとっても面白い味噌作り職人さん達、
売り子をしながらも、色んなお話をさせて頂き、とても楽しく一日を過ごさせて頂きました。
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また、今回の福興市の目玉でもある「寒鱈」は南三陸町の宝だそうです。
漁港ももちろん流されてしまい、仮設魚市場での再開ではありますが、今は「鱈」「たこ」「生わかめ」と冬魚を中心に大漁状態だそうです。
ユナイテッドアースのメンバーが漁港のお手伝いをしていることもあり、漁港の方からお話をお伺いすることもできましたが、もう、本当に鱈への愛情がいっぱいです。
そして、本当に味があって美味しい鱈なのです!!
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もともとの「南三陸町」という町が名産品の多い美味しい町で、面白く心優しい人たちが多い魅力ある町なんだということがよく分かりました。
 
今、活動初日に高台から撮ったこの町の写真を眺めながら思うことは、この更地にたくさんの可能性を感じるということです。
たくさんの悲しいことが起きてしまった場所ですが、町の人たちはそのことも含めた、新しい「色のある」町を作っていくのだと思います。
 
「南三陸町」今度は観光で訪れたい!今一番心から思っていることです。
 
 



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漁業ボランティアに参加して

2012年2月17日 13:23

こんにちは。7泊8日で千葉から参加しましたゆるです。
短期ボランティアで復興のお手伝いをさせて頂くなら、町の主要産業に関わりたいと思い、漁業ボランティアを希望しました。
 
私がお手伝いさせて頂いたのは、競りの準備と競りが終わった魚の運搬と魚市場の清掃です。
競りの準備は、魚市場に運ばれてくる鱈が入った大量の発泡スチロールの箱を並べ、ぴったり閉まっている蓋を開けていきます。漁協の方や長期ボランティアの方はコツを掴んでいてパカパカと蓋が開くのですが、私はなかなかうまく開ける事ができず迷惑になっているのではないか、と思いました。でもボランティアとして求められている事を考え、邪魔にならないように必死に手伝いをしました。
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鱈の運搬は正確さが大切です。鱈を正確に競り落とした買い手の元へ運びます。私も邪魔にならないように人手不足な所を探し、運びました。大漁で忙しい時は運んでも運んでも終わらなくて、すべて終わった時は達成感がありました。
 
ボランティア活動中に漁協の方々と話す機会がありました。震災時の港の様子、競りのお話や魚の調理方法など、短い時間でしたが地元の方とお話ができた事は貴重な経験です。また、何度も魚市場に行っていた為か漁協の女性の方にあだ名をつけられていた事を知った時はとても嬉しかったです。
 
 
魚市場にテレビの取材が入る事がありました。志津川漁協女性部の方々が鱈汁、わかめのしゃぶしゃぶなどを用意してくださったので、ボランティアの私達も頂く事ができました。いつも運んでいる鱈。地元の方が「美味しいよー!たくさん食べな!」と笑顔でふるまって下さった鱈汁は寒くなった体を温めてくれて、本当に美味しくて、一生忘れられない味です。
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志津川漁協の皆様、全くの未経験者でしたがボランティアとして受け入れてくださりありがとうございました。私は、今回の漁業ボランティアの経験を忘れず、今度は旬の魚を買ったりして消費者としても漁業の復興を支援したいと思っています。
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福興カフェ 2月11日

2012年2月12日 23:48

大学1年生のまねです。
 
 
南三陸町にボランティア活動にきて約1週間が経ちました。
震災から11ヶ月が経った2月11日、復興カフェが全国40都道府県、アメリカなど世界を含め45カ所で行われました。
 
復興カフェとは、震災にまつわるテーマについてグループごとに自分の意見を出し合い、それぞれの思いを共有することが目的に行われているものです。
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震災から11ヶ月が経ったこの南三陸町の
 
今回のテーマは、
"もし、地震が起きたとき、あなたはどうするか"でした。
 
わたしは、東日本大震災の時も、その前に起きた地震も恐怖を感じる程の揺れを経験したことがなかったので、想像することもできませんでした。でも、もし地震が起きたら自分のことしか考えられなくなってしまうのではないかと思いました。私のグループでは実体験をもとに意見を伝えていた人が多かったので、地震の怖さ、地震対策で自分には何ができるのかを共有することができて、とても有意義な時間となりました。他にもそれぞれのグループがそのテーマを踏まえた上で、様々な視点に目を向けていました。まず地震がおきたとき、誰でもまず自分の命を守ることが、何よりも大切なことだと全員で共有することができました。
 
でも起きたときのことを考えるよりもまず、地震対策を見直すという意見が多く、私たちがこの南三陸でボランティア活動中、地震が起きたときどこに逃げるのか、避難場所はどこなのか知らないことにも、気づくことができました。
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実際、自分の自宅近くの避難経路を知らない人もいました。
ボランティア活動を終えて、地元に、帰って何かしたいと思っていてもなかなか見つからない人は多いと思います。難しく考えず小さいことでもできることから一歩ずつ、例えば避難経路をまず家族からそして友達、近所の人に伝えることも自分にできることなのだと、今回の復興カフェを通して得ることができました。同じように、被災地に対して自分には何ができるのだろうと考えても考えても見つからない人はたくさんいると思います。
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私はボランティア活動を通して、何かできるのかという壁にぶつかり続けつつ、何よりも笑顔を素直に届けることが今の自分にできることだと思っています。ちっぽけなことかもしれません。でも自分の笑顔で頑張ろうと思ってくれた人がいる限り笑い続けたいと、南三陸町へきて強く思うことができました。
 
復興カフェに参加して、仲間と真剣に震災について話すことができて、本当に良かったです。


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ヘビーリピーター!!

2012年2月10日 01:07

こんにちは、リピーターのえみちゃんです。
 
私は今回で8回目の南三陸となります。月に1~2回のペースで来ています。

そのため、メンバーからはヘビーリピーターと言われています。

今回は、私がどうして何度も南三陸へ来るのか、書きたいと思います。

 
私が最初に南三陸に来たのは、9月の中頃です。

当初、高台にある中学校から街を見下ろして、街がまるごと流されちゃったんだ、という漠然とした感想しか抱けませんでした。

私が一番衝撃を受けたのは、街の震災前の写真を見たときです。こんなに美しい街だったんだ、今は瓦礫だらけでなにもなくなってしまったところに、家があり商店街があって、街があり、たくさんの人たちの笑顔が、生活が、人生が息づいていたんだと思うと言葉が出ませんでした。そして、これからの街の再建を考えると、どれだけの時間がかかるのだろうかと、気が遠くなる思いがしました。
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これから何年もかけて復興していくこの街を私なりの形で支援したいと考えました。

何回かボランティアに参加することで、ボランティアの内容も変わってきています。

私たちが中心になってやってきていたことが、いつしか私たちの手を離れ、街の人たちが中心となって進められて行ったり、新たなニーズが考えられ、新しいチームが発足したりしています。そんな活動の変化から、街の復興を感じることができるのも、複数回参加する魅力の一つでもあります。
 
 

本当は、長期でボランティアに入りたいのですが、仕事もしているため、難しい状況にあります。そんな中でも、休みを調整して南三陸に来るのが、私ができる支援の方法なのです。

温かい笑顔で迎えてくれる地元の方々、復興への強い覚悟を感じた毎月末の福興市、地元の産業を支える若い力、長期で頑張っているボランティアのメンバー、新しく出会う短期のボランティア、思わず

「ただいま!!」って帰ってきてしまいます。

 
ここで出逢う人たちとの繋がりが、私の生きる力にもなっています。

ボランティアを通じて感じる街の復興、人々の人生が再びこの街で息づいていかれるように、これからも何回も南三陸へ来て、ここでしかできない支援をしていきたいと思います。
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キッズサポートボランティア

2012年2月 2日 12:12

長期ボランティアのこばけんです。 
 
僕は元々、「被災地の子どもたちの様子はどうなのか?」
が気になりボランティアに参加しました。
子どもたちに会うと、被災したとは感じられない笑顔で迎えてくれました。
子どもたちの笑顔を見ていると安心します。
 
『キッズサポートチーム』のボランティアに入って約2ヶ月。
幼稚園、保育所に行き、ボランティアを続けてきました。
保育補助として子ども達と関わらせてもらいました。
一緒に遊ぶことがほとんどでした。
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何日もボランティアに行かせてもらい、
「『ボランティア活動』の終わりはいつなんだろう?」
と考えることが多くなり、答えが出ないまま何日もたってしまいました。
 
そんなときにボランティアに行く日にちが、毎日から指定日に変わり、
活動日が少なくなりました。
「ボランティアは、頼まれる事が少なくなり、最後には頼まれなくなる事で終わりになるんだ」という自分なりの答えが出ました。
 
活動が無くなってしまうと、
子どもと関わることができなくなり寂しいけれど、
それは一つの『復興の証』なのかもしれません。
 
子ども達や先生方が日常を取り戻していける様に、
これからもキッズサポートボランティアをがんばっていきます。
 
被災地はまだまだ地震があります。
先生や子ども達が怖がっている所を見るのは正直つらいけど、
そんな時こそ子ども達の側にいて少しでも支えになれるように、
ボランティア活動をして行きたいと思います。
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第10回 福興市~寒鱈まつり福興市~

2012年1月31日 12:27

こんにちは、みずちゃんです。
1月29日は、第10回福興市でした。
今回の福興市は、元々あった地元のお祭り『寒鱈まつり』と合同で、
『寒鱈まつり福興市』という名のもと開催。
氷点下で手足の感覚がなくなるような寒さにも関わらず、
たくさんの人たちでにぎわっていました。
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私は、今回2回目の福興市の参加でした。
前回参加したときから、
開催する場所が変わったり、出店しているお店が変わったりしていましたが、
変わらないのは、福興市は町の人たちが再会する場なのだなと感じたことでした。
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今回、松野やさんで売り子をさせていただきましたが、
たくさんのお客さんが松野さんに
「おかあさんのごはん食べにきたよ~」と言って会いに来ていました。
松野さんも通りがかりのお客さんに
「あんた、元気してたの~?」と声をかけていました。
お店の人もお客さんも笑顔なのがとても印象的でした。
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「はじめの頃の福興市は、生きているかどうかわからなかった人たちと
たくさん再会できて本当にうれしかったんだ。
今まで、話したこともなくて顔だけ知っているような人とも、抱き合ったりしたんだ」
「今は、町に住んでいる人だけじゃなく、町から離れて暮らしている人が福興市に
来てくれたりもして、いろんな人に会えるから福興市はすごく楽しい」
と松野さんが話してくれました。
 
また、今回の福興市では、「福まき大会」といって、
寒鱈をもらえる当たり券が入ったお餅をステージからばらまくという
イベントがありました。
その時間帯は、お店の人もイベントに参加する勢いの盛り上がりで、
「こっちに投げて~」「たくさんとったのに、当たらなかった~」と
本当に楽しそうでした。
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まだまだ辛い現実があり、様々な思いを抱えていると思います。
そんな中で、町の方々が笑顔になれる福興市という場は本当に重要だなと
改めて感じました。
まだまだ続く福興市でひとりでも多くの人が笑顔になれることを願ってます。
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仮設住宅での似顔絵描き

2012年1月25日 14:02

こんにちは。今回初めてユナイテッド・アースの活動に参加させて頂いた、ふたばです。
 
私は普段、京都を拠点に似顔絵描きを仕事にしています。
私が参加したのは4泊5日という短い期間でしたが、そのうちの2日を使って3カ所の仮設住宅をまわり、40人近くの方の似顔絵を描かせて頂くことができました。
 
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似顔絵を描いてもらうのが初めてということで最初は緊張されていた方もいらっしゃいましたが、「動いて下さって大丈夫ですよ!リラックスしていて下さいね。」と声をかけると皆さん笑顔を見せて下さいました。
ひとり20分から30分かけて描かせて頂くのですが、その間は趣味のお話や昔の思い出話、また仮設住宅での生活や震災の経験など貴重なお話をうかがうこともできました。
 
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そして、いよいよ似顔絵が完成して絵を見せた瞬間は「そっくり!」という歓声と笑顔。その場があったかく和んだ空気になりました。私が似顔絵描きをしていて一番嬉しい瞬間です。
 
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ものが少なく、寂しいという仮設住宅の部屋の壁に貼って下さると言ってくれる方も多く、描いてよかったなぁと思いました。
 
 
私は絵を勉強し始めてから8年、似顔絵描きを仕事にして4年になりますが、正直「絵や芸術は本当にこの世の中に必要か?」ということへの答えを今まで見つけられずにいました。絵は直接的に人を救うことはできないと、無力感を感じることもありました。
 
今回参加する前は、本当に必要として頂けるのか、とても不安でした。
でも今回活動に参加し、似顔絵を描かせて頂くことができて「絵にしかできないことがある。絵でしか作れない笑顔がある。」ということを確かめることができました。
 
 
色々なお話を聞かせて下さった南三陸町の皆さま、ありがとうございました。
今回描かせて頂けなかった方を描きに、また必ず南三陸町に戻ってきたいと思います!
 
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ちいさな"手"

2012年1月21日 15:50

コミュニティサポートチームリーダー"しき"です。
 
朝、ちーちゃんはわたしの手を握って小学校へのスクールバスが到着する慈恵園(特別養護老人ホーム)まで歩きます。
 
ただそれだけ、子どもたちが集合する仮設住宅からバス乗り場まで毎朝10分程度のことなのですが
「震災以降、はじめて私の手を離して歩いて行ったんですよ」
とお父さんはうれしそうにおっしゃいます。
 
志津川小学校1年生のちーちゃん。
慈恵園で働くお母さんが津波で亡くなっていたこと、
同じく慈恵園で働いていたお父さんと中学生のお兄ちゃんと仮設住宅で暮らしていることをその後に聞きました。
 
朝も夜も泣いてばかりで、お父さんの手を握ってしかバス乗り場まで行こうとしなかったちーちゃん。
わたしたちの姿を見るとお父さんを放って笑顔で走ってきて手をつなぎます。
 
ある朝ちーちゃんが握りしめてきたかわいい封筒には
"しきねえへ がっこういくときにいっしょにきてくれてありがとう!ほんとうに、ありがとう! ちひろより"
と書かれた手紙が入っていました。
 
お父さんはちーちゃんの変化が少し寂しいけれど、うれしいと言ってくれます。
バスから笑顔で手を振るちーちゃんに「こっちは全然見ないなぁ」と苦笑いしてお見送りをされます。
 
顔を合わすたびに笑顔で声をかけてくれるお父さん、奥さんと過ごした慈恵園をどんな気持ちで毎日歩いているのかと思うと、志津川の風景を見下ろしながらわたしの方が泣いてしまいそうになります。
 
夕方、バスで帰ってくる子どもたちをまた慈恵園で出迎えて、仮設住宅までの道のりを手をつなぎながら歩くと、
「ちーちゃんのママはね、天使になっちゃったんだよ」
とお母さんの話をしてくれます。
わたしはちーちゃんの手をギュッと握るしかできません。
 
「あ、お星様!あそこでママが見てるんだ。お日さまからもお月さまからも見てるんだ!」
「そうだね・・・ちーちゃんのママはずっと見ててくれてるんだね。」
そんな話をしながら、わたしに何ができるのか、涙をこらえて空を見上げて歩きます。
 
ただ、ほんの10分の送り迎えで笑顔になってくれる人がいるなら、わたしはシアワセです。
 
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ボランティア活動への思い

2012年1月18日 19:07

こんにちは。ユナイテッドアースの活動に2度に渡って参加させていただいたタイクンです。
 

まず僕がボランティアに参加した経緯から簡単に話させていただきたいと思います。
僕は現在、大学生ですが、以前自衛隊で訓練を受けていた事があり、予備自衛官です。
案の定、3.11の後には自衛隊から「救援活動に参加可能か」という電話が興奮ぎみにかかってきました。動揺しつつも参加表明をしたのですが、結局のところ招集される事はありませんでした。3、4、5月は自衛隊に入った仲間たちが被災地でがんばっているなか、何もできない自分にものすごい憤りを感じていました。
そして6月に学生団体を通じて宮城県の唐桑地区の瓦礫撤去に参加しました。我ながら土嚢の運搬は頑張ったと思います。反面、その2日間ボランティアに参加したことで、自分のなかの被災地に対する想いは急激に薄まっていきました。日々の雑務で手一杯だったことと、責務は果たしたという自負が生まれたのだと思います。
次に、大学のゼミの合宿で被災地を訪れました。数名の方から色々な話を聞き、いまだ建物の上に車が乗っている被災地の異常な光景を改めて自分の目でみたことで"東日本大震災は終わっていない"という風に感じました。
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そしてユナイテッドアースに申し込み、漁協支援を中心に活動させていただきました。
 

これは個人的な解釈ですが、現地の方の多くがおっしゃられる「忘れないでほしい」という言葉はただ"記憶の片隅においておく"、ということではなく、"ともに立ち上がり一緒に復興して欲しい"という意味であり、遠慮がちな東北の方々のSOSであるという風に感じます。なぜなら、漁港が復活しても工場が復活しなければ漁業自体が復活する事ができず、それを彼らだけでやるということは不可能であるからです。


僕がボランティアでできたことはほんのごくわずかです。むしろ、ボランティアに行くよりも、バイトして南三陸の魚を買った方が彼らのためになるんじゃないかと思う事もあります。
 
ただ、福興市で地元の方々と協力しながらたくさんのテントをたてたこと、朝早くレインボーフラッグを会場に設置したこと、地元商店の売り子としてお手伝いをできたこと、朝6時の漁港の圧倒的な寒さ、タコのぬるっとした感触、南三陸町に建った6mのクリスマスツリー...僕は忘れません。

 
南三陸町では同年代のボランティア仲間が中心となって今も頑張っています。
どのような形になるかはわかりませんが、今後も僕は南三陸の事を忘れずに、復興のお手伝いをしていきたいです。
 
 
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仮設住宅の週末イベント

2012年1月15日 10:34

こんにちは!岐阜から来たフィフィといいます。
南三陸にやってきて、なんだかんだで合わせて2カ月ほど経ちました。いまはコミュニティーサポート班で活動させてもらっています。
 
私たちが普段活動している仮設住宅で、メガネの無料配布、落語、そしてアロママッサージなどイベント盛りだくさんの週末がありました。
 
メガネの無料配布は、メガネ屋をやっておられる方が専用の機械や、さまざまな色や形のフレームを持参してくださり、なんとその日だけで70人以上の方の目の診断をし、ひとりひとりに合ったメガネをつくってくださいました。私は普段メガネを使いませんが、震災直後メガネをなくした方たちはどんなに苦労しただろうかと思っていました。案の定、震災時にメガネをなくした方も多く、やっと配られた100円均一の度の合わないメガネは取り合い状態だったようです。さすがに10カ月経ったいまでは、みなさん自分に合ったメガネを新調されているのかと思いきや、足腰の悪い方には遠くのメガネ屋に足を運ぶのも一苦労だということを、来られたお年寄りの多さで痛感させられた日でもありました。
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また、この同じ日には別の団体の落語の『寄せ』があり、お年寄りを中心にほっと一息つける穏やかな時間が流れていたように思いました。20畳に満たない集会所で、同じ日に二つのイベントを行うのは楽なことではありませんでした。でも、結果的にはメガネを目的に来てくれた方が落語を楽しんでくださり、またその逆もあり、たくさんのことを同時にやることの良い効果を知ることができました。
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その次の日には、神戸からアロママッサージの方が来てくださりました。
私も空き時間にハンドマッサージをしてもらったのですが、そこで気付いたことがありました。それは、マッサージと言われるとどうしても身体的なしこりを取ることしか私の頭にはなかったのですが、とくに被災地などではその意味合いは少し違っていて、むしろマッサージ中の会話がとても重要な役割を果たしているということです。
差し出した自分の手に付いていたミサンガの話から始まり、そのまま会話は尽きることなく20分ほどのマッサージはあっという間に終わりました。話し終わった後はなんだかすっきりして、話を聞いてもらったことに感謝の気持ちさえ出ました。
マッサージという一対一で他人と向き合う時間はカウンセリング的な役割も果たしているのだと、身をもって感じたのです。
それから、直接ひとの肌に触れるというのは、とても安心感のあるものだと思いました。忘れていないよ、応援しているよ、という気持ちが伝えられるんだと、改めて感じました。
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マッサージの順番待ちのお母さん同士が、「どこから来たの?」という会話をされていました。津波の前はどの地域に住んでいたか、という意味です。その会話を聞いた瞬間、この日のイベントは成功したも同然だと思いました。なぜなら、仮設住宅内の方や被災者同士の繋がりが生まれるきっかけを作ることが、私たちコミュニティーサポート班の仕事だと私は思っているからです。いままでは赤の他人が、次の日からは顔見知りになり、次の週にはお茶友達になる。
そんな「ひと」の復興が、町の復興につながっていくと思うからこそ、影からひっそりサポートできる毎日にやりがいを感じるのです。
 
(南三陸町には60あまりの仮設住宅が点在しています。そして、仮設住宅ごとに『支援の差』がおこっているという話も聞きます。南三陸町の為に、囲碁や将棋、ネイルサロン等、一緒に活動して下さる方がおられましたら、ぜひご連絡ください!)
 
 


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南三陸町を訪れて...

2012年1月12日 20:45

ボランティアに参加させていただいたいっちーです。
 
「何もない」というのが、南三陸町を初めて訪れた時の印象でした。そして不思議と悲しさを感じませんでした。被災前と後があって、前を知っていれば、前の痕跡が残っていればこそ、被害の大きさ、悲惨さを感じられるのだろうと思います。ただここは何もなさ過ぎて、何も感じない。そうならば、できるだけ想像力を働かせて当時に近づけるよう、時間があれば街を散歩し、被災前の写真を見ました。そうすることが被災地を知ることの第一歩だと思いました。
 
気仙沼市も訪れました。そこは南三陸町とは異なる印象を持っていました。まず、町があり、一見すると普通の地方都市のように見えました。しかし、ある角を曲がった瞬間、海沿いの地区に足を踏み入れると、更地や被災した建物が広がるようになりました。ひどいところはひどい、そうでないところは何も変化はない。被災地により、また被災地内でも場所により、被害の大きさやタイプが異なり、復興までの道のりも異なってくることを実感しました。
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ボランティア作業では、鮭の選別作業の補助を行いました。漁業というものに関わったことがなかった身としては、魚を間近で見、触れることも、実業に関われることも貴重な体験でした。一方で、ボランティアがどこまで実業(生産活動)に関わるかということについては、常に頭に入れておかなくてはいけないと思います。ただ、今はそれを考えすぎて動かないよりも、とにかく被災地から求められることはなんでもやるという姿勢でよいと思います。
 
今後どのように南三陸町が復興していくのか、それに自分がどのようにかかわっていけるのか、わかりません。一つ言えるのは、「人や物が動き続けること」が大事なんだろうということです。今はボランティアや支援物資がどんどん入る時期だろうと思いますが、それをだんだんと経済活動主体に替えていきそれを継続していくことが必要なんだろうと感じました。
 
今回ボランティアに参加して、「被災地」とひとくくりに、もやっとしていたものが、少し具体的に感じられるようになりました。また、地元の方や長期間ボランティアとして関わっている方々の話や考え方に触れられたことは、被災地の今後を考える上で非常に良かったと思います。今後は、例えば物産展で南三陸町のものを買ったり、旅行先として立ち寄ってみたり、そういう緩い形で長い目で南三陸町(に限りませんが)と関わっていきたいと思います。
 
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志津川漁港 初競り

2012年1月 9日 12:35

こんにちは。漁業支援チームの"きょう"です。
1月4日に志津川漁港で2012年の『初競り』がありました。 
震災後初めての『初競り』ということもあり、震災前より盛大にすることはなかったと伺いましたが、タラの時期ということもあり、漁港いっぱいにタラの箱が並びました。
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大漁旗が掲げられ佐藤町長も参加されました。
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震災後、志津川漁港での競りは7月に再開し、当初は津波に破壊された建物で行っていましたが、10月24日に今の仮設魚市場がようやくオープンしたという話を伺いました。
それを聞いていたので、ここまで来るのに大変な苦労があり困難があったのだと感じ、漁協の方もいろいろな思いを抱いて『初競り』に臨んでいるのだと感じました。
 
 
僕自身は、12月9日より漁業支援チームに参加しています。
サケ漁の終わりの時期でしたが、それでも毎日たくさんのサケが水揚げされていました。
それのお手伝いをしていく中でいろいろと町のことや、漁港のことを教えていただきました。
 
 
志津川漁港で水揚げされる魚は、水タコ、真タコ、サバ、イカ、ヒラメ、カレイ、ソイ、サメ、ホウボウ、アナゴ等々、様々です。
おいしい魚があり、海があり山があり温泉があり、南三陸町に来てみて気づいたことがたくさんありました。
 
ぜひ皆さんも一度訪れてみてください。
この魅力、僕の言葉では言い表せません。
 
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みんながサンタになるクリスマス!

2012年1月 7日 12:29

こんにちは!1ヶ月ぶりに戻ってきた、ライトです。
 
今回、私は3泊4日という短期ですが南三陸町の子供たちとクリスマスを過ごしたくて、戻ってきました。
 
24日、"みなサンタ2011in南三陸(みんながサンタになるクリスマス!)"というイベントに参加させていただきました。
ガンミナ!(ガンバルぞ、南三陸!)という南三陸の若者の方々のチームが企画されたイベントです。
 
イベントの内容は、
・スープカレーのご提供
・ニュー泊崎荘パティスリークリコの6mの「絆ロールケーキ」をみんなで巻こう!
・森友嵐士(ex.T-BOLAN)&四家卯大スペシャルライブ!
 
私は「絆ロールケーキ」作りに、携わらせていただきました。
南三陸町の歌津地区にある民宿 ニュー泊崎荘のパティシエクリコさんと子供たちと6mのロールケーキを会場に一緒に準備をして、来てくれた多くの方と一緒に巻きました。
手などに生クリームをたくさんつけながらも巻いている子供たちの姿はとても楽しそうでした。
その姿を見ていて、私も笑顔になりました。
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森友さんの歌は、心因性発声障害という病気を14年間かけて乗り越え、とても心に残る歌声とメッセージでした。
 
とても寒く津波で流された街の中に、凛と立っているツリーや今回の企画などから、南三陸町のみなさんの力強さを感じました。
 
復興への道のりは、まだ長いかもしれませんがこれからも携わらせていただけたらと思います。
 
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おすばで福興市

2012年1月 5日 14:07

こんにちは、ほかちぃです。
今日は12月29日に行われた「おすばで福興市」について報告したいと思います。
 
「おすばで」とは三陸沿岸部では酒の肴(さかな)、つまみを意味することばで、「おすばで祭り」は南三陸町恒例の年越しイベントです。今回は、震災後毎月開かれている「福興市」と一緒になり、「おすばで福興市」として開催されたのです!
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福興市初参加の私にとっては何もかもが新鮮!
前日に設営した各テントが朝の7時にはお店の人や商品でいっぱい!ついでにお客さんもいっぱい!フライングし過ぎですね...。
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私はユナイテッドアースで漁業支援チームに属していたこともあり、鮮魚を取り扱うヤマウチさんで1日お手伝い。
「マグロ、一筋2000円!いかがですかー!?」
「志津川の美味しいタコ、たくさん入っていまーす!!」
「ありがとうございます!ありがとうーー!!」
ひたすら声を出し続け、脳に酸素が届かないかと思うくらい、お店は大忙しでした。
 
でもそんな中で、あったかいおにぎりやお茶、商品のタコやイカのカラスミもたらふく食べさせてもらい、お陰で真ダコと水ダコの味の違いがばっちり分かるようになりました◎
 
マグロが完売した時は、奥さんが「売り子が頑張ってくれたからね。」って。
ヤマウチさん、お世話になりました!
 
 
他にも関西からかけつけてくれたインディーズバンド"おかん"のライブやサケ汁のふるまい、アワビやホタテ、カマボコなどの水産加工品、更には綿菓子や震災関係の写真集の販売などもあり、老若男女すべての人が楽しめるバラエティ豊かな内容のお祭りとなっていました。
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福興市は毎月最終日曜日、次回は1月29日開催予定となっています。
ぜひ、お近くからも遠方からもお越し下さい。ほかちぃでした。
 
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魚市場 年の瀬の一日...

2011年12月29日 17:02

漁業支援チームの"しん"です。
2011年もあと数日を残すのみとなりました。
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市場は鮭のシーズンが終わり水揚げ量もだいぶ少なくなりました。
朝の静かな市場。
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最盛期はひっきりなしに鮭がベルトコンベアーに流れてきましたが今はこんな感じ。
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今年の鮭漁の見納めです...
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市場の午後。
ヒラメ、カレイ、タコ、アナゴなど...
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競りの様子。
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この日は天候が急に悪くなりました。
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新年1月からはタラ漁が始まります。
みなさんよいお年を...
 
 


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まちづくり意見交換会

2011年12月22日 20:35

こんにちは!以前ユナイテッドアースでボランティアをしていたひつじです。
宮城県内の大学生で、今までに何度か南三陸町に足を運んでいます。

今回、私が所属しているゼミで考案している、南三陸町の"自然と調和したまちづくり"をテーマに、意見交換会を企画し、南三陸町の方々とユナイテッドアースのメンバーに協力していただきました。

町内では役場を中心とした復興計画が徐々に固まってきています。しかし私は、若者の参加が少ないように感じていました。
そのため、復興した後に町を支える若い方々の意見や考えを聞くことを目的に、今回の意見交換会を開きました。
 
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来ていただいたのは20代中心の町民の方々と、ユナイテッド・アースの現地リーダー佐藤さん、ボランティアメンバーの方々です。
 
立場はばらばらにミックスして、5人程度3つのグループに分かれ、意見を出し合いました。
 
私の入ったグループでは、自然と調和した美しいまち、ということだけではなくて、"人との出会い"があって、かつ"防災に強い"という要素を入れたいという意見が出ました。
今回の震災で失ったものはたくさんあるけれど、その代わりに得た「人との出会い」はとても大きかったと、そういうことだそうです。

復興したら、またたくさんの人に来てもらって、南三陸町の良さを体感してもらうと共に、今回の津波を学んでほしいという願いもありました。
 
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意見交換会を通して、町民の方のみならずその場にいたみんなが町の将来について本気で考えている姿勢を感じました。
 
震災前は南三陸町という名前しか知らなかったけれど、震災後に初めて見た海はとても広くてきれいで、ここで生きていきたいという気持ちが少しだけ分かったような気がしました。

 私も南三陸町で出会った人と人の絆を、いつまでも感じることができたらいいなと思っています!
 
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ボランティアに参加して思うこと

2011年12月19日 13:21

こんにちは。今回、三泊四日の最短期間で参加しましたレモンです。
 
今回は私にとって初めてのボランティアであり緊張していましたが、とても充実した時間を過ごすことができました。被害の少なかった東京で暮らしていると、生活のすべてが震災前と何ら変わらないように思え、ニュース等で流れてくる被災地のいまだ大変な状況がどうしても遠い出来事のように感じられてしまいます。なので、この大震災をずっと忘れないためにも、日本人として被災者の方の思いに少しでも近づくためにも、一度自分の目で現状を見たいと思い、参加を決めました。
 
まず、現地へ向かう日本赤十字社のバス車内に貼られていたアフリカの子供からのメッセージに目を奪われました。そこには "I would hug you if you were here. Get a rainbow in your heart.(君がここにいたら抱きしめたいのに...。心に虹を!)"とあり、虹の絵が添えられていました。遠く離れた国からこのような温かいメッセージが届いている一方で、自分も含め、今の日本人のどれほどがこれと同じような思いで被災地に目を向けているのだろうと思いました。
 
今回の活動中、最も私の心に残っていることは、12月6日の「畑イベント」とその後の昼食の時間です。「畑イベント」では、地元の方々とボランティアとで協力しながら、畑の雑草を処理し、肥料をまき、土を耕し、うねを作るところまでしました。作物を植える来春に向けての準備だそうです。他にも、別の畑でほうれん草やキウイ採りのお手伝いもしました。数時間でしたが、地元の方たちと農作業を通してコミュニケーションをとることができました。活動中は皆さん笑顔が絶えませんでした。何かを協同で行うということは、ただ会話をする以上に一体感が強まる気がしましたし、農作業自体私には初めての経験でしたので、いろいろと教えて頂きながら楽しい時間を過ごしました。
 
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そしてその後の昼食(とっても美味しいおにぎりと鮭のお味噌汁でした!)の場所で、数人の方から被災体験をお聞きしました。津波の時、波が迫ってくる中を車で逃げ切った後、恐怖と激しい動悸で7~8分は車を降りられなかったこと、足が水に浸かったまま数時間過ごさなければならず凍傷になった方々がいたこと、避難所では電気やガスよりもまず水の貴重さを感じられたことなど、実際に体験しなければ語れない、またニュースでは伝えられることのないリアルな声だと感じました。これらのお話を聞いた時が、今回ボランティアに参加して本当に良かったなと思った瞬間でした。
 
大切なのは、今回見たこと・聞いたことを、単なる自分にとっての「良い経験」で終わらせるのではなく、被災地、ひいては今後の日本全体のためにどう活かしていけるかだと思っています。私のように被災地から離れた場所に日常がある者は、どうしても日々の生活に追われ被災者の方々との心の距離が次第に遠くなってしまいます。それを避けるためには、現地に足を運び自分の目・耳で現状を確かめることが大切ではないでしょうか。それが難しい時は、この現代にはいろいろな情報ツールがあるのですから、それらを駆使して常に被災地へ目と心を向けておくべきだと思います。これが、今回私が感じたことです。また機会を作って参加したいです!
 
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南三陸に4つのクリスマスツリーが点灯

2011年12月17日 12:30

こんにちは。クリスマスチームで活動をしているトミーナです。

南三陸町の地元の若者が中心となって「南三陸のクリスマスを盛り上げよう!」と結成された「みなサンタ2011in南三陸 -Christmas Dreams for TOHOKU-」実行委員会にユナイテッド・アースも入らせていただき、いろいろとお手伝いをさせていただいています。

企画の目玉、6mのビッグツリーをご紹介します。
津波ですべてが押し流されてしまった志津川の町は、夜になると真っ暗になります。
そんな真っ暗の町にポワっ、と灯る大きな大きなツリーを立てました!

2日間にわたった、クリスマスツリーの設置とライトの装飾。
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まずは全てが流されてしまった、まっさらな土地を掘り起こし、そこにトラックに積んで運んできた大きなもみの木が植えられます。

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6mの木を埋めるのですが、あまり深く穴を掘りません。なぜかと思って植木屋さんに聞いてみると、「この辺り一面の土は津波の海水がしみ込んでしまっているから、使えないんだよ...」と教えてくれました。

津波は家や車、人を連れて行ってしまっただけでなく、更なるダメージも残していったことを思い知らされました。

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続いてライトの飾り付け。6mの木に電球をつけるのには、クレーンを使って行うのですが、こうして見てみても6mがかなりの高さというのはお分かりだと思います。だけど、今回の津波の最大の高さはこの5倍以上もあったのですよね。本当に信じられません。

ところで、今回の作業は植木屋さんも装飾屋さんも地元の企業様にお願いをしました。きっと彼らは1年前も同じように、クリスマスツリーを立てたり、飾り付けをする仕事をしていたのだと思います。1年前に翌年こうして変わり果てた場所に、ツリーを設置していることを誰が予測できたでしょうか...

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どこからか、このツリーの噂を聞きつけ、テレビが取材にやってきました。
実はこのクリスマスツリープロジェクトは、地元の若者グループ「ガンミナ!」が町を再び元気にしたいと名乗りを上げ、私たちユナイテッド・アースと東京から被災地を応援する団体「LIGHT UP NIPPON」が協力して行ったもの。

「震災後これまで、あまり季節のイベントを意識したり、楽しんだりすることはなかったのですが、このツリーを見て、みんなにクリスマスを楽しんでもらえたらいいなと思います」とプロジェクト実行委員長の工藤さん。自分の生まれ育った南三陸を子供たちのためにも若者の力で再建したいと、熱い想いを聞かせてくれました。

自分と同世代の人たちが、こうして立ち上がっていく姿はとても勇ましく、また復興やみんなを笑顔にしていくためには、彼ら地元の方の想いなしでは始まらないということを実感しました。
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3・2・1のカウントダウンと共に点灯したクリスマスツリー。
このツリーは私が東京で見た、どのツリーよりも輝いていました。

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この光がみんなの心に暖かい気持ちを届けられますように☆


なお、南三陸町のクリスマスツリーは12/25まで、以下の場所でご覧頂けます。

*ベイサイドアリーナ フロント左横
*商店街
*小学校



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ボランティアを支えるボランティア

2011年12月16日 12:27

こんにちは!現地入りして早や3週間、リピーターのえがなっちゃんです。
私は長期ボランティアとして、主にコミュニティサポートチームで活動しながら、ボランティアサポートも兼任して行っています。
 
ボランティアサポートとはその名の通り、ボランティアを支えるボランティアです。
料理、洗濯、掃除など日々の生活で欠かせない家事を円滑に行うために、みんなに協力してもらいながらボランティアの生活支援を行っています。
 
ボランティアサポートとコミュニティサポートとの兼任はとてもハードです。
 
午前中は拠点の清掃(掃除、洗濯、片付け)などを行いながら、夕食の下ごしらえと平行して拠点に残って活動をしているメンバーのために昼食を準備します。
 
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午後からは志津川中学校の仮設住宅で住民の方たちに協力してもらいながら縁側を作ったり(※縁側作りプロジェクト参照)、おかぁさんたちとお茶っこ会をしたりしています。
 
それに加え、他の仮設住宅を回りながら住民の方たちのニーズを聞いて、現在まったく使われていない集会所を活用するために動き始めたところです。
 
外での活動を終えて拠点に戻る頃には、もう外は真っ暗ですが、1日の活動はまだまだ終わりません。
 
ちょっと休む間もなく、夕食の準備を始めます。
私はお父さんと二人暮らしなので料理は得意なのですが、大なべいっぱいに料理を作るのは不慣れなのでとても大変です。
 
寒さが厳しくなっているので、お鍋やシチューなど簡単だけど体が暖まるようなメニューを作るように心がけています。
 
夕食後も後片付けや翌朝のご飯の準備をしたりとずっと動きっぱなしで、すべての家事仕事を終わらせ、シャワーを浴びて寝るころには深夜を回ることもしばしば。
なかなか自分の時間を取る時間もありません。
 
それでも、「今日のご飯なに~?」とメニューを楽しみにしていたり、「美味しかったよ!」と、たくさんご飯を食べてくれるメンバーたちの一言がうれしくて、「なっちゃん、ごちそうさま。」の声に励まされながら、どちらの活動も両立出来るように取り組んでいます。
 
なお、現在私たちがお借りしている拠点では、
敷布団、掛け布団、ファンヒーターなどの暖房器具が足りていません。
1升炊きの炊飯器も過重労働のため、もう壊れる寸前です。
冬を乗り越える為に、命を繋ぐ為に、とても重要で必要なものです。
私たちボランティアを支援してくださるボランティアの方も大募集中です!!!
 
ボランティアに来る際、宿泊場所や食事などの心配があるかと思いますが、
私たちユナイテッドアースはアットホームな雰囲気と美味しい食事でみなさんのご参加をお待ちしています♪
 
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「今」であり続けるために

2011年12月13日 18:26

11月に南三陸町を訪れました、めぐです。

コミュニティサポート班としていくつかの仮設住宅を回り、それぞれの集会所で「お茶っこ会」やイベント開催時の運営補助など、また福興市のお手伝いと数多くの体験をさせていただきました。活動中には地元の方々からお話を聞かせてもらったり、裁縫や日曜大工を教えていただいたり、充実した時間を過ごすことができました。


最終日の帰宅前に、とある仮設の集会所を訪れ、お世話になった南三陸町の方に挨拶をしました。

お礼を伝え、握手。その時に「忘れないでね」と声を掛けられ、反射的に「忘れません!またすぐに来ます!」と返したわたし。忘れるはずないのに・・・少し切ない気持になりながらその場を後にしましたが、そのやりとりがずっと心に深く残り、今もその言葉の意味を考えています。


今思うこと、「忘れない」とは思い出にしないこと。被災地の人々の「今」をわたしの「過去」にしないこと。離れていると難しいことのように思えますが、「被災地」や「被災者」とひとつの言葉で括らずに、地名や名前、顔を思い浮かべれば、今も寒さ厳しい場所で様々な思いを抱えながら過ごす南三陸町の人々に思いを馳せずにはいられません。

もうひとつ、言われた言葉があります。「またすぐに来ます」と伝えた後に、「そんなに焦らないでいいから。1年後でも2年後でも。個人でも団体でも、ユナイテッド・アースとしてでなくてもいいから(笑)」

「早くできること、すぐに力になれること」を探していた私はこの言葉にほっとしたのも束の間、復興には長い年月が掛かること、それを南三陸町の人々は覚悟していることを知りました。



帰宅後、ボランティアでのできごとを思い出しては頭と心を整理しようと、震災後から切り抜き集めた震災関連の新聞記事を読み返してみました。

わたしの切り抜いた記事はどれも励ましや前向きな記事ばかり。この類の記事を集めることで、自分の中で「震災」を理解したつもりになって結論づけしようとしていたんだ・・・全身をすっと冷たい風が吹き抜けました。

被災地から離れた地では、人を通して得られた、限られた情報の中で、それがすべてのような錯覚になり、納得し、だんだんと被災地への関心が薄れていく。


「わかる」ことはまだまだこれから、ずっと先にあること。それまでわたしは考え続けたい。そうすることでわたしの「今」であり続けるから。



震災前は緑豊かで穏やかな漁港の町だった南三陸町。

来年の春には1本でも多くの花が咲き、その花が人々の心に癒しと笑顔を運んでくれることを望んでいます。


今、私にとって南三陸町は単なる「被災地」ではなく、多くの知人が住む大切な場所です。

これからも一緒に、時を刻みたいと思います。
 
 
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伊里前保育所、心温まる生活発表会

2011年12月11日 23:47

キッズサポート班、伊里前保育所サポート担当させてもらってます!!大阪出身のこで、です。

12月9日寒さが続く中とても心温まるイベントがありました!それは・・・!

伊里前保育所のたまご組(1~2歳児)ひよこ組(3歳児)かなりや組(4歳児)はと組(5歳児)計4クラスの64人の子ども達による生活発表会です!!

発表会は午前中に行われ、全14種目。

たまご組は「てあそび」「ゆうぎ」ひよこ組は「ゆうぎ」「うた」「はじめのことば」かなりや組「ゆうぎ」「合奏」「手あそび」はと組「ゆうぎ」「げきあそび」「おわりのことば」

何日も時間をかけて練習してきたことを発表する場なので子ども達もドキドキ、ワクワク!

練習のときには厳しく叱られたりしているときもありましたが・・・、

本番はとっても上手ですごくかわいい発表会でした。

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子供達だけではなく、長い時間をかけて衣装作りや、ゆうぎ、てあそびうた、てあそび、げきあそび、うた、演奏の指導を行ってきた先生達もとっても笑顔で見ていました。

衣装についてですが、すべて手作りでとても丁寧に作られていて「一体何時間かかったのだろうか・・・」と、しみじみ思う完成度と量の衣装です。

先生達が子ども達にそそいでいるたっぷりの愛情は普段の保育所の様子からだけでなく、

こういった衣装作りなどからも感じ取ることができました。

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普段保育所での生活を見ていない親の方々も大喜びな様子でした。

幕が開ける毎に大きな歓声が沸き、子ども達が動きだすと笑いもおき、一種目終わると拍手喝采!!

行きも帰りも子ども達は親にぴったりくっつきとても微笑ましい光景でした。

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いやー、本当にすばらしい一日を過ごさせていただきました!!

以前伊里前保育所の運動会にも参加させてもらったことがあるのですが、

そのときからの成長ぶりを思うと、驚くことばかりです!!

最後に伊里前保育所で覚えた言葉でしめたいと思います。

「ほんまらずもねぇ、いがったー。」(ほんとにすごい良かったー)



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波と海におもうこと

2011年12月10日 21:26

南三陸の、町と、深い入り江を見晴らす崖に、観洋という立派な温泉ホテル
があります。海に向かって大きく開けた露天風呂が、南三陸を訪れるボラン
ティアたちにも大人気です。

群雲からもれる月明かりが、不思議な陰を海におとしていたある夜、露天風
呂でたまたま一緒にお湯に浸かっていた女性と、なんとなく言葉をかわして
いたところ、そのひとは、波と海を描き続ける南三陸出身の画家、外立とし
江さんでした。

優しく広がる薄暗い海、波間で休むぽってり肥えたカモメたち。
ポツポツと話し始める外立さんの話は、そんな南三陸のおだやかな夜とは対
照的に、震災で7人もの家族・親戚を失った彼女の胸のちぎれるような悲し
い心のうちでした。

人は、人の悲しみを、どこまで想像できるでしょうか。
南三陸の町の人と言葉をかわせば、いつも気さくでおだやかな笑顔でこたえ
てくれる。

でも少しつっこんで話していると、どんな人の背後にも、人それぞれ抱えて
いる壮絶な体験がちらつくのです。
テレビや新聞やネットで見聞きするのとはレベルが違う、生々しさに触れて、
愕然とする瞬間が、ボランティアとして南三陸で過ごすうちに、いくつもあ
ります。

時間がたつにつれ、表面的なところではがれきもどんどん片付けられ、心の
傷も癒されていっているように見えるのだけど、その薄皮一枚の下に、はり
さけそうな悲しみをみんな抱えている。
「東北大震災」、「被災者」という大きなくくりでとらえているだけではけ
っして感じることの出来ない、一つ一つの、個人的な、悲しい体験を、全力
で想像力をはたらかせて、思いやる、それが震災後にやってきた私たちに必
要な心がけだと思います。
そしてそれは、被災者に対して限ったことではなく、人と人が接するとき、
いつも必要なことだと、あらためて思い知らされています。

外立とし江さんの絵はすべて海と波。そしてどの作品にも、波を見て、海を
見て'誰かを想う'、そういう気持ちがあらわれている気がします。
そんな彼女にとって、南三陸の海を見るのは今は本当につらいことでしょう。

たまたまお風呂で出会っただけの私には、何も出来ないけれど、海を見る度、
波を見る度に、外立さんとお風呂で一緒に眺めた薄明かりの海のことを思い
出して、この海でなくなった人たちの苦しさ、この町の人たちの悲しさに思
いをはせてすごしています。

広報チーム 阿部倫子

 
 
 
ホテル観洋からの眺め
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画家外立とし江さん
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震災翌朝の南三陸の海「オレンジ色の夜明」
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押し花

2011年12月 9日 22:31

こんにちは。
まずは、9月末に秋田県から参加したイラストレーター、
おみちゃんの書いた、ボランティア活動の感想を掲載します。

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そんなおみちゃんが、12月にまた帰ってきました!
歌津に住んでいる方に誘われ、急きょ半日のお休みをいただいた私は、
おみちゃんと押し花教室へ行きました。
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その時のことを、おみちゃんがマンガ風に書いてくれたので、紹介します。
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ご自身も仮設住宅に身を寄せられながらも、
6月から押し花教室を無料で開いていたとのこと。

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大粒の涙をぽろぽろこぼしながら、
お二人はとても長い間、
繋いだ手を離さずに話をされていたのが印象的でした。

実は、9月に来た時、
「あなたたちが来てくれるだけでうれしいのよ」
そう言ってくれたとみえさんへ、
おみちゃんは帰ってから、葉ぼたんを送っています。

そして、今回、押し花教室に誘って下さったのが、
偶然にもとみえさんでした。

二人も、この偶然の再会に喜び、
とみえさんは「ぜひ寄って行って~」と、
ご自宅まで案内して下さいました。

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おみちゃんに葉ぼたんを見せたかったのです。


あの日、おみちゃんが送った葉ぼたんは、
3か月ほど経ち、大きく育っていたそうです。

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『おみちゃんの作品』
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