社会貢献共同体 ユナイテッド・アース

バックナンバー

寒鱈福興市

2012年1月31日 14:50

福興市実行委員長  山内 正文さんの開会宣言

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全国からさまざまなアーティストが集うステージ

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被災体験を語る、語り部ガイド

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全国から集まった出店と、地元南三陸町の出店

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第10回 福興市~寒鱈まつり福興市~

2012年1月31日 12:27

こんにちは、みずちゃんです。
1月29日は、第10回福興市でした。
今回の福興市は、元々あった地元のお祭り『寒鱈まつり』と合同で、
『寒鱈まつり福興市』という名のもと開催。
氷点下で手足の感覚がなくなるような寒さにも関わらず、
たくさんの人たちでにぎわっていました。
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私は、今回2回目の福興市の参加でした。
前回参加したときから、
開催する場所が変わったり、出店しているお店が変わったりしていましたが、
変わらないのは、福興市は町の人たちが再会する場なのだなと感じたことでした。
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今回、松野やさんで売り子をさせていただきましたが、
たくさんのお客さんが松野さんに
「おかあさんのごはん食べにきたよ~」と言って会いに来ていました。
松野さんも通りがかりのお客さんに
「あんた、元気してたの~?」と声をかけていました。
お店の人もお客さんも笑顔なのがとても印象的でした。
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「はじめの頃の福興市は、生きているかどうかわからなかった人たちと
たくさん再会できて本当にうれしかったんだ。
今まで、話したこともなくて顔だけ知っているような人とも、抱き合ったりしたんだ」
「今は、町に住んでいる人だけじゃなく、町から離れて暮らしている人が福興市に
来てくれたりもして、いろんな人に会えるから福興市はすごく楽しい」
と松野さんが話してくれました。
 
また、今回の福興市では、「福まき大会」といって、
寒鱈をもらえる当たり券が入ったお餅をステージからばらまくという
イベントがありました。
その時間帯は、お店の人もイベントに参加する勢いの盛り上がりで、
「こっちに投げて~」「たくさんとったのに、当たらなかった~」と
本当に楽しそうでした。
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まだまだ辛い現実があり、様々な思いを抱えていると思います。
そんな中で、町の方々が笑顔になれる福興市という場は本当に重要だなと
改めて感じました。
まだまだ続く福興市でひとりでも多くの人が笑顔になれることを願ってます。
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志津川福興名店街引き渡し

2012年1月29日 13:36

メディア班、タカセです。
9月以来、4ヶ月ぶりの南三陸。まだ夏の気配のあった頃と比べ、やはり東北なんだなーと実感させられる寒さ。
雪がちらちらと降り出しては止み、降り出しては止みを数日繰り返しています。
 
そんな中、今日は2/25にスタートする南三陸志津川福興名店街の引き渡しが行われました!
場所は志津川の中心部から国道398号線沿いを行って、ファミリーマートを過ぎた辺りの並びにあります。
バス停も出来る予定です。
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店舗の設備の説明。仮設とはいえ、使い勝手のよい考えられた機能の説明に、おおーっと驚きの声が。
やっと具体的に動き出した実感が湧いているようでした。
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店舗に囲まれるようにして中庭のセンターコート、フードコートが配置され、お客さんがゆっくりくつろげるよう工夫されています。
今はグレー一色の店舗ですが、徐々にペイントされていく予定です。
オープンの25日には各店舗でいろんな企画を。26日にはいつもはベイサイドアリーナで行われている福興市がここで行われます!
三陸道が渋滞してしまったりして。と既に気合いの入ったお言葉が。
 
12月に入ってようやく信号が付き、夜には真っ暗になってしまうガレキの町が徐々に明るくなってきました。
そしてまた、この名店街が夜の町を明るくしてくれそうです。
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祝!地域づくり総務大臣大賞

2012年1月28日 15:22

皆さんこんにちは。ユナイテッド・アースの現地責任者の佐藤です。
既に報道されておりますが、町の公式ホームページからも発表されているように南三陸町が地域づくり総務大臣大賞を受賞されました!
 
南三陸町公式ページに掲載されています。
http://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/modules/news/article.php?storyid=618

一部抜粋してご紹介させていただきますと、
~震災前から地域づくりの活動を地道に、そして熱心に行っており、基盤がしっかりと整っていたため、震災後、いち早く活動をスタートさせることが出来、まぎれもなく古くから築き上げてきたこの街ならではの「地域力」があったからこそだといえると思います。~
と、書かれています。「地域力」という言葉は、まさに私自身、南三陸町に来て間もなく10か月を過ぎようとしてますが、南三陸町の皆様の団結力やコミュニティの強さを身を持って体感したことでした。
 
今、日本の地域社会づくりにおいて、南三陸町にあるような「地域力」が全ての市町村に求められていると思います。そして、さらに新しい町づくりに向けて、防災等の安全面はもちろんのこと、最先端の環境技術や次世代を担う人材育成など、常に新しいものを取り入れ、開放的に前へ進むチカラが必要に感じています。
 
私どもとしましても、地域づくり総務大臣大賞に評価された「福興市」や「語り部ガイド」のお手伝いをさせていただいておりましたので大変嬉しい限りではございますが、復興への道のりはまだまだだと感じております。今後も引き続き、民間のチカラを合わせて、産業復興や雇用創出、そして地域ボランティアの両面で、微力ながら継続的に復興活動に貢献できればと思っております。
 
南三陸町の皆様、この度の受賞、本当におめでとうございました。
 
 
※地域づくり総務大臣表彰についてはこちらをご覧ください。
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei09_02000007.html
 
 


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仮設住宅での似顔絵描き

2012年1月25日 14:02

こんにちは。今回初めてユナイテッド・アースの活動に参加させて頂いた、ふたばです。
 
私は普段、京都を拠点に似顔絵描きを仕事にしています。
私が参加したのは4泊5日という短い期間でしたが、そのうちの2日を使って3カ所の仮設住宅をまわり、40人近くの方の似顔絵を描かせて頂くことができました。
 
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似顔絵を描いてもらうのが初めてということで最初は緊張されていた方もいらっしゃいましたが、「動いて下さって大丈夫ですよ!リラックスしていて下さいね。」と声をかけると皆さん笑顔を見せて下さいました。
ひとり20分から30分かけて描かせて頂くのですが、その間は趣味のお話や昔の思い出話、また仮設住宅での生活や震災の経験など貴重なお話をうかがうこともできました。
 
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そして、いよいよ似顔絵が完成して絵を見せた瞬間は「そっくり!」という歓声と笑顔。その場があったかく和んだ空気になりました。私が似顔絵描きをしていて一番嬉しい瞬間です。
 
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ものが少なく、寂しいという仮設住宅の部屋の壁に貼って下さると言ってくれる方も多く、描いてよかったなぁと思いました。
 
 
私は絵を勉強し始めてから8年、似顔絵描きを仕事にして4年になりますが、正直「絵や芸術は本当にこの世の中に必要か?」ということへの答えを今まで見つけられずにいました。絵は直接的に人を救うことはできないと、無力感を感じることもありました。
 
今回参加する前は、本当に必要として頂けるのか、とても不安でした。
でも今回活動に参加し、似顔絵を描かせて頂くことができて「絵にしかできないことがある。絵でしか作れない笑顔がある。」ということを確かめることができました。
 
 
色々なお話を聞かせて下さった南三陸町の皆さま、ありがとうございました。
今回描かせて頂けなかった方を描きに、また必ず南三陸町に戻ってきたいと思います!
 
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宮城県南三陸町のJR気仙沼線駅跡

2012年1月25日 13:50

戸倉駅跡

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志津川駅跡

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清水浜駅跡

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歌津駅跡

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南三陸町支援映像「語り部ガイド プロジェクト」

2012年1月24日 12:18

福興市で行われる震災で生き残った方々がその被災体験を語る「語り部ガイド」の映像です。

ちいさな"手"

2012年1月21日 15:50

コミュニティサポートチームリーダー"しき"です。
 
朝、ちーちゃんはわたしの手を握って小学校へのスクールバスが到着する慈恵園(特別養護老人ホーム)まで歩きます。
 
ただそれだけ、子どもたちが集合する仮設住宅からバス乗り場まで毎朝10分程度のことなのですが
「震災以降、はじめて私の手を離して歩いて行ったんですよ」
とお父さんはうれしそうにおっしゃいます。
 
志津川小学校1年生のちーちゃん。
慈恵園で働くお母さんが津波で亡くなっていたこと、
同じく慈恵園で働いていたお父さんと中学生のお兄ちゃんと仮設住宅で暮らしていることをその後に聞きました。
 
朝も夜も泣いてばかりで、お父さんの手を握ってしかバス乗り場まで行こうとしなかったちーちゃん。
わたしたちの姿を見るとお父さんを放って笑顔で走ってきて手をつなぎます。
 
ある朝ちーちゃんが握りしめてきたかわいい封筒には
"しきねえへ がっこういくときにいっしょにきてくれてありがとう!ほんとうに、ありがとう! ちひろより"
と書かれた手紙が入っていました。
 
お父さんはちーちゃんの変化が少し寂しいけれど、うれしいと言ってくれます。
バスから笑顔で手を振るちーちゃんに「こっちは全然見ないなぁ」と苦笑いしてお見送りをされます。
 
顔を合わすたびに笑顔で声をかけてくれるお父さん、奥さんと過ごした慈恵園をどんな気持ちで毎日歩いているのかと思うと、志津川の風景を見下ろしながらわたしの方が泣いてしまいそうになります。
 
夕方、バスで帰ってくる子どもたちをまた慈恵園で出迎えて、仮設住宅までの道のりを手をつなぎながら歩くと、
「ちーちゃんのママはね、天使になっちゃったんだよ」
とお母さんの話をしてくれます。
わたしはちーちゃんの手をギュッと握るしかできません。
 
「あ、お星様!あそこでママが見てるんだ。お日さまからもお月さまからも見てるんだ!」
「そうだね・・・ちーちゃんのママはずっと見ててくれてるんだね。」
そんな話をしながら、わたしに何ができるのか、涙をこらえて空を見上げて歩きます。
 
ただ、ほんの10分の送り迎えで笑顔になってくれる人がいるなら、わたしはシアワセです。
 
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ボランティア活動への思い

2012年1月18日 19:07

こんにちは。ユナイテッドアースの活動に2度に渡って参加させていただいたタイクンです。
 

まず僕がボランティアに参加した経緯から簡単に話させていただきたいと思います。
僕は現在、大学生ですが、以前自衛隊で訓練を受けていた事があり、予備自衛官です。
案の定、3.11の後には自衛隊から「救援活動に参加可能か」という電話が興奮ぎみにかかってきました。動揺しつつも参加表明をしたのですが、結局のところ招集される事はありませんでした。3、4、5月は自衛隊に入った仲間たちが被災地でがんばっているなか、何もできない自分にものすごい憤りを感じていました。
そして6月に学生団体を通じて宮城県の唐桑地区の瓦礫撤去に参加しました。我ながら土嚢の運搬は頑張ったと思います。反面、その2日間ボランティアに参加したことで、自分のなかの被災地に対する想いは急激に薄まっていきました。日々の雑務で手一杯だったことと、責務は果たしたという自負が生まれたのだと思います。
次に、大学のゼミの合宿で被災地を訪れました。数名の方から色々な話を聞き、いまだ建物の上に車が乗っている被災地の異常な光景を改めて自分の目でみたことで"東日本大震災は終わっていない"という風に感じました。
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そしてユナイテッドアースに申し込み、漁協支援を中心に活動させていただきました。
 

これは個人的な解釈ですが、現地の方の多くがおっしゃられる「忘れないでほしい」という言葉はただ"記憶の片隅においておく"、ということではなく、"ともに立ち上がり一緒に復興して欲しい"という意味であり、遠慮がちな東北の方々のSOSであるという風に感じます。なぜなら、漁港が復活しても工場が復活しなければ漁業自体が復活する事ができず、それを彼らだけでやるということは不可能であるからです。


僕がボランティアでできたことはほんのごくわずかです。むしろ、ボランティアに行くよりも、バイトして南三陸の魚を買った方が彼らのためになるんじゃないかと思う事もあります。
 
ただ、福興市で地元の方々と協力しながらたくさんのテントをたてたこと、朝早くレインボーフラッグを会場に設置したこと、地元商店の売り子としてお手伝いをできたこと、朝6時の漁港の圧倒的な寒さ、タコのぬるっとした感触、南三陸町に建った6mのクリスマスツリー...僕は忘れません。

 
南三陸町では同年代のボランティア仲間が中心となって今も頑張っています。
どのような形になるかはわかりませんが、今後も僕は南三陸の事を忘れずに、復興のお手伝いをしていきたいです。
 
 
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仮設住宅の週末イベント

2012年1月15日 10:34

こんにちは!岐阜から来たフィフィといいます。
南三陸にやってきて、なんだかんだで合わせて2カ月ほど経ちました。いまはコミュニティーサポート班で活動させてもらっています。
 
私たちが普段活動している仮設住宅で、メガネの無料配布、落語、そしてアロママッサージなどイベント盛りだくさんの週末がありました。
 
メガネの無料配布は、メガネ屋をやっておられる方が専用の機械や、さまざまな色や形のフレームを持参してくださり、なんとその日だけで70人以上の方の目の診断をし、ひとりひとりに合ったメガネをつくってくださいました。私は普段メガネを使いませんが、震災直後メガネをなくした方たちはどんなに苦労しただろうかと思っていました。案の定、震災時にメガネをなくした方も多く、やっと配られた100円均一の度の合わないメガネは取り合い状態だったようです。さすがに10カ月経ったいまでは、みなさん自分に合ったメガネを新調されているのかと思いきや、足腰の悪い方には遠くのメガネ屋に足を運ぶのも一苦労だということを、来られたお年寄りの多さで痛感させられた日でもありました。
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また、この同じ日には別の団体の落語の『寄せ』があり、お年寄りを中心にほっと一息つける穏やかな時間が流れていたように思いました。20畳に満たない集会所で、同じ日に二つのイベントを行うのは楽なことではありませんでした。でも、結果的にはメガネを目的に来てくれた方が落語を楽しんでくださり、またその逆もあり、たくさんのことを同時にやることの良い効果を知ることができました。
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その次の日には、神戸からアロママッサージの方が来てくださりました。
私も空き時間にハンドマッサージをしてもらったのですが、そこで気付いたことがありました。それは、マッサージと言われるとどうしても身体的なしこりを取ることしか私の頭にはなかったのですが、とくに被災地などではその意味合いは少し違っていて、むしろマッサージ中の会話がとても重要な役割を果たしているということです。
差し出した自分の手に付いていたミサンガの話から始まり、そのまま会話は尽きることなく20分ほどのマッサージはあっという間に終わりました。話し終わった後はなんだかすっきりして、話を聞いてもらったことに感謝の気持ちさえ出ました。
マッサージという一対一で他人と向き合う時間はカウンセリング的な役割も果たしているのだと、身をもって感じたのです。
それから、直接ひとの肌に触れるというのは、とても安心感のあるものだと思いました。忘れていないよ、応援しているよ、という気持ちが伝えられるんだと、改めて感じました。
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マッサージの順番待ちのお母さん同士が、「どこから来たの?」という会話をされていました。津波の前はどの地域に住んでいたか、という意味です。その会話を聞いた瞬間、この日のイベントは成功したも同然だと思いました。なぜなら、仮設住宅内の方や被災者同士の繋がりが生まれるきっかけを作ることが、私たちコミュニティーサポート班の仕事だと私は思っているからです。いままでは赤の他人が、次の日からは顔見知りになり、次の週にはお茶友達になる。
そんな「ひと」の復興が、町の復興につながっていくと思うからこそ、影からひっそりサポートできる毎日にやりがいを感じるのです。
 
(南三陸町には60あまりの仮設住宅が点在しています。そして、仮設住宅ごとに『支援の差』がおこっているという話も聞きます。南三陸町の為に、囲碁や将棋、ネイルサロン等、一緒に活動して下さる方がおられましたら、ぜひご連絡ください!)
 
 


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南三陸町を訪れて...

2012年1月12日 20:45

ボランティアに参加させていただいたいっちーです。
 
「何もない」というのが、南三陸町を初めて訪れた時の印象でした。そして不思議と悲しさを感じませんでした。被災前と後があって、前を知っていれば、前の痕跡が残っていればこそ、被害の大きさ、悲惨さを感じられるのだろうと思います。ただここは何もなさ過ぎて、何も感じない。そうならば、できるだけ想像力を働かせて当時に近づけるよう、時間があれば街を散歩し、被災前の写真を見ました。そうすることが被災地を知ることの第一歩だと思いました。
 
気仙沼市も訪れました。そこは南三陸町とは異なる印象を持っていました。まず、町があり、一見すると普通の地方都市のように見えました。しかし、ある角を曲がった瞬間、海沿いの地区に足を踏み入れると、更地や被災した建物が広がるようになりました。ひどいところはひどい、そうでないところは何も変化はない。被災地により、また被災地内でも場所により、被害の大きさやタイプが異なり、復興までの道のりも異なってくることを実感しました。
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ボランティア作業では、鮭の選別作業の補助を行いました。漁業というものに関わったことがなかった身としては、魚を間近で見、触れることも、実業に関われることも貴重な体験でした。一方で、ボランティアがどこまで実業(生産活動)に関わるかということについては、常に頭に入れておかなくてはいけないと思います。ただ、今はそれを考えすぎて動かないよりも、とにかく被災地から求められることはなんでもやるという姿勢でよいと思います。
 
今後どのように南三陸町が復興していくのか、それに自分がどのようにかかわっていけるのか、わかりません。一つ言えるのは、「人や物が動き続けること」が大事なんだろうということです。今はボランティアや支援物資がどんどん入る時期だろうと思いますが、それをだんだんと経済活動主体に替えていきそれを継続していくことが必要なんだろうと感じました。
 
今回ボランティアに参加して、「被災地」とひとくくりに、もやっとしていたものが、少し具体的に感じられるようになりました。また、地元の方や長期間ボランティアとして関わっている方々の話や考え方に触れられたことは、被災地の今後を考える上で非常に良かったと思います。今後は、例えば物産展で南三陸町のものを買ったり、旅行先として立ち寄ってみたり、そういう緩い形で長い目で南三陸町(に限りませんが)と関わっていきたいと思います。
 
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志津川漁港 初競り

2012年1月 9日 12:35

こんにちは。漁業支援チームの"きょう"です。
1月4日に志津川漁港で2012年の『初競り』がありました。 
震災後初めての『初競り』ということもあり、震災前より盛大にすることはなかったと伺いましたが、タラの時期ということもあり、漁港いっぱいにタラの箱が並びました。
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大漁旗が掲げられ佐藤町長も参加されました。
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震災後、志津川漁港での競りは7月に再開し、当初は津波に破壊された建物で行っていましたが、10月24日に今の仮設魚市場がようやくオープンしたという話を伺いました。
それを聞いていたので、ここまで来るのに大変な苦労があり困難があったのだと感じ、漁協の方もいろいろな思いを抱いて『初競り』に臨んでいるのだと感じました。
 
 
僕自身は、12月9日より漁業支援チームに参加しています。
サケ漁の終わりの時期でしたが、それでも毎日たくさんのサケが水揚げされていました。
それのお手伝いをしていく中でいろいろと町のことや、漁港のことを教えていただきました。
 
 
志津川漁港で水揚げされる魚は、水タコ、真タコ、サバ、イカ、ヒラメ、カレイ、ソイ、サメ、ホウボウ、アナゴ等々、様々です。
おいしい魚があり、海があり山があり温泉があり、南三陸町に来てみて気づいたことがたくさんありました。
 
ぜひ皆さんも一度訪れてみてください。
この魅力、僕の言葉では言い表せません。
 
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みんながサンタになるクリスマス!

2012年1月 7日 12:29

こんにちは!1ヶ月ぶりに戻ってきた、ライトです。
 
今回、私は3泊4日という短期ですが南三陸町の子供たちとクリスマスを過ごしたくて、戻ってきました。
 
24日、"みなサンタ2011in南三陸(みんながサンタになるクリスマス!)"というイベントに参加させていただきました。
ガンミナ!(ガンバルぞ、南三陸!)という南三陸の若者の方々のチームが企画されたイベントです。
 
イベントの内容は、
・スープカレーのご提供
・ニュー泊崎荘パティスリークリコの6mの「絆ロールケーキ」をみんなで巻こう!
・森友嵐士(ex.T-BOLAN)&四家卯大スペシャルライブ!
 
私は「絆ロールケーキ」作りに、携わらせていただきました。
南三陸町の歌津地区にある民宿 ニュー泊崎荘のパティシエクリコさんと子供たちと6mのロールケーキを会場に一緒に準備をして、来てくれた多くの方と一緒に巻きました。
手などに生クリームをたくさんつけながらも巻いている子供たちの姿はとても楽しそうでした。
その姿を見ていて、私も笑顔になりました。
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森友さんの歌は、心因性発声障害という病気を14年間かけて乗り越え、とても心に残る歌声とメッセージでした。
 
とても寒く津波で流された街の中に、凛と立っているツリーや今回の企画などから、南三陸町のみなさんの力強さを感じました。
 
復興への道のりは、まだ長いかもしれませんがこれからも携わらせていただけたらと思います。
 
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おすばで福興市

2012年1月 5日 14:07

こんにちは、ほかちぃです。
今日は12月29日に行われた「おすばで福興市」について報告したいと思います。
 
「おすばで」とは三陸沿岸部では酒の肴(さかな)、つまみを意味することばで、「おすばで祭り」は南三陸町恒例の年越しイベントです。今回は、震災後毎月開かれている「福興市」と一緒になり、「おすばで福興市」として開催されたのです!
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福興市初参加の私にとっては何もかもが新鮮!
前日に設営した各テントが朝の7時にはお店の人や商品でいっぱい!ついでにお客さんもいっぱい!フライングし過ぎですね...。
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私はユナイテッドアースで漁業支援チームに属していたこともあり、鮮魚を取り扱うヤマウチさんで1日お手伝い。
「マグロ、一筋2000円!いかがですかー!?」
「志津川の美味しいタコ、たくさん入っていまーす!!」
「ありがとうございます!ありがとうーー!!」
ひたすら声を出し続け、脳に酸素が届かないかと思うくらい、お店は大忙しでした。
 
でもそんな中で、あったかいおにぎりやお茶、商品のタコやイカのカラスミもたらふく食べさせてもらい、お陰で真ダコと水ダコの味の違いがばっちり分かるようになりました◎
 
マグロが完売した時は、奥さんが「売り子が頑張ってくれたからね。」って。
ヤマウチさん、お世話になりました!
 
 
他にも関西からかけつけてくれたインディーズバンド"おかん"のライブやサケ汁のふるまい、アワビやホタテ、カマボコなどの水産加工品、更には綿菓子や震災関係の写真集の販売などもあり、老若男女すべての人が楽しめるバラエティ豊かな内容のお祭りとなっていました。
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福興市は毎月最終日曜日、次回は1月29日開催予定となっています。
ぜひ、お近くからも遠方からもお越し下さい。ほかちぃでした。
 
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年始の挨拶

2012年1月 1日 19:49

皆様 新年あけましておめでとうございます。

ユナイテッドアースでは、1月10日より本格的に復興活動をスタートいたします。
昨年、流行語にも選ばれた「絆」の精神で、今年は昨年以上に「産業の復興」「雇用の創出」に向けて、さらに軸足を置いて進めていく所存でございます。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。


 
 
 

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2012年1月1日初日の出

2012年1月 1日 12:42

南三陸町志津川地区にある袖浜海岸にて

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広域支援サイト

 

3.11大震災関連サイト「絆」手を携え、前に!

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